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| 小飯塚一也の「世田谷棲息」 December
23, 2004 |
老スギを切る
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「スギを切りにきませんか」
静岡県天竜市の材木商、榊原正三さんが建築中のわが家に顔を出しこう誘ったのは、床張りがすみ、壁の漆喰も塗り終わった11月初めのころである。
榊原さんはチームを組んでいる製材業の石川太久治さんとともに現れた。わが家の材木は榊原さんが切り出し、石川さんが製材したものだ。ふたりで東京に営業活動に来たついでに、出荷先の様子を見に来たという。しばらく点検したあと、「山に案内しますよ。いつでもどうぞ」と言い出したのだ。
大木を切るなんていうことは、狩猟をする、大物釣りをするというようなこと同じく人間の本能に直接響く話ではないか。すぐに、「いやー、ぜひ」ということになった。
実は、私はある原稿を書く必要に迫られて、林野庁や林政審議会の取材をしたばかりだった。クマの出没騒ぎが続いた日本の林地、荒廃しているという森林を見てみたいと思っていた矢先にこの話だ。浮き浮きした気持ちになったのは、本能の問題に加えてこういう事情もあった。
12月6日、朝6時半品川駅発の新幹線に乗り込んだ。家では妻が片づかない引っ越し荷物と悪戦苦闘している。同行者は大工の岸本耕さん(26)と設計監理をしてくれた建築家の山本アキユキさん(32)である。晴れてはいたが寒い1日だった。
掛川駅で第3セクターの天竜浜名湖鉄道に乗り換え天竜二俣駅に向かう。途中、清水一家の森の石松出身地という遠州森駅などを通過する。目的の駅に着くと、石川さんが車で迎えてくれた。途中で榊原さんの四輪駆動車に乗り換えて山に入って行く。20分ほどで天竜川沿い山中のスギ林に着いた。
榊原さんが今年度と来年度にかけて一帯10ヘクタールを伐採する予定だ。森に分け入る。35度から40度近い急傾斜地の遥か向こうまで、直径50センチから60センチ、樹齢75年以上のスギが並ぶ。下草や木の枝などに足がとられる。谷の方で進んでいる伐採現場から、バリバリという雷のような音が響いてくる。
榊原さんが声をかけると、2人が上がってきた。隣の木とワイヤーで結んだ木の山側に受け口という刻みが入れられる、「さあ」といってチェーンソーにエンジンがかけられ手渡される。2本目が私に回ってきた。チョークの線に従って歯を入れていく。意外に柔らかい。夢中になって上を見上げる余裕もない(写真)。5分ほどで予定の深さまで切り口が進むと、今度はくさびを打ち込む。すると、ギィという音をたてて、私より10数年は早くこの世に生を受けた老スギが倒れていった。

スギはこのまま5、6カ月葉を付けたまま放置される。「葉枯らし」という。葉が生きている間、水分を吸い上げ、幹のでんぷん質をエネルギーとして消費する。すると、ねじれの少ない、虫が付きにくい、つやのある材木が出来るという。
榊原さんのグループは、木材市場には出さないで建築主や建築設計事務所と直接の関係を広げようとしている。そろってわが家に顔を出したのも、注文主だった岸本さんや山本さんに「葉枯らし」という付加価値を売り込もうという狙いがあったようだ。
天竜川流域は明治期に豪農出身の金原明善という人物が、治水のため植林を進めたスギの産地である。しかし、いま地域の市場で入札にかけると、1立方メートル当たり1万8000円ぐらいにしかならない。伐採して運び出す費用が1万円以上、市場の手数料やその他の経費を差し引くと山元には数千円しか残らないことになる。森を手入れする意欲も費用もなくなる。これが山の荒廃の原因という。
われわれの入った森は豊かな森だった。しかし、帰り道、間伐の行われていない暗くさびれた林がたくさんあった。天竜の里にはクマはあまりあらわれないようだが、こんな所じゃクマだっていやだよなと納得させられる現実である。
車の中で榊原さんはこんなことを言った。
「(40年ほど前の、スギなどの生産林をふやそうとした)拡大造林政策のときは雑木を切ることに補助金が出た。いままた、雑木を植えることに補助金が出る。役所のやることは面白い」
世のしわ寄せが森に押し寄せているのが実感できる。伐採現場に末端の利用者を案内して、木を切らせるというような催しはほかでも少しずつ行われてきているようだ。しかし、町で想像したときの浮き浮きした気持ちが、山にはいるとさめてしまうという側面があることもお知らせしたい。
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