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| 「欧州どまんなか」 November
09, 2004 |
あの喜びは今どこに
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 | 美濃口 坦
ミノクチ・タン
1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト) |
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現在私は旅行中で、ホテルの朝食中新聞を読みながら「ベルリンの壁」についての記事が多いことに気づく。なぜかと思っていると、今年の11月9日で「ベルリンの壁」がくずれてから、ちょうど15年たったことになるからである。
多くの記事は、ドイツ国民があの事件を実際に過ぎ去った年月以上の昔のことと感じていると批判する。あるコラムニストは「あの感動は長続きしなかった。今や思い出すだけでばつが悪くなったが、これは社会心理学的な大きな謎である」と書いた。当時のベルリン市長モンパーは「ドイツ人は世界で一番幸せな国民だ」と叫んだ。それならあの喜びは今どこに行ってしまったのか。
当時よろこんだのはドイツ国民だけではない。「ベルリンの壁」があったのは冷戦で対立する東西両陣営を分ける戦線がこの国を走っていたからである。そのために会うことができなかった人々が手をとりあう光景を見て感動しない人がいるだろうか。
壁を越えようとして殺された人がいたかもしれないが、欧州は冷戦ですんだ。地球上の多くの地域で「熱戦」になり、「壁の死者」と比較にならない多数の人が犠牲になった。こう考えると、世界中の人々がめでたいと思っているのに、当事者・ドイツ国民が興ざめするというのは罰当たりではないのか、、、、、
「ベルリンの壁」が崩れてから数日たった頃のこと。私は日本人カメラマンといっしょに西ベルリンのデパートにいた。一見して東独国民とわかる男性が足早にレジから立ち去った。
私たちには何が起こったかすぐにわかった。レジでは買われた商品をデパートのマークのついたビニールの袋に入れてくれる。この東から来た男性は買い物をしないでビニール袋だけを欲しいといって断られたのである。但しその断り方が尋常のものでなく、何か他人の心を傷つけるものであったことは、彼の足取りからわかった。レジの二人の女性は立ち去る彼に軽蔑的な視線を投げかけるだけでなく罵っていた。
当時、東独国民と話す機会が度々あった。よく聞いたのは、彼らがハンガリーやブルガリアでバカンスで過ごし、東独マルクがハードカレンシーでないために(同じドイツ人でありながら)「一等国民扱いされる西独国民とくらべて三等国民として遇されて屈辱感を覚えた」という嘆きブシである。
そんなときに、私には、奇妙だが、もうとっくに亡くなった祖母のことが思い出された。海軍将校の未亡人であった祖母は、子どもの私を前にして「敗戦国・日本が一等国から、四等国に転落した」と、よく怒ったからである。
東独国民は共産圏の優等生であった。だから彼らは他の共産主義国家を下に見て、これらの国の人々が東独を上位の国と見なすと同時に、西独をもっと上に位置する国とあがめているいると、錯覚していただけではなかったのか。
その後、東西ドイツ統一が現実に近づけば近づくほど、デパートのレジの場面に似た光景に出合う頻度が高くなった。また東ドイツで何か機能しないことが起こると、西ドイツの人は「西側ではこんなことは考えられないことだ」と怒った。私には、日本で嫁苛めをするしゅうとめが連想された。
「ベルリンの壁」が開いてから翌年の10月3日の統一まで、ドイツで取材された日本人には、西独国民が旧東独国民に対して戦勝国の占領軍のように振舞う光景が眼についたのではないのだろうか。(当時出会った人々が私にそう語った)。
ドイツが分裂国家になったのは第二次大戦で敗戦して、戦勝国のソ米英仏の共同占領下に入り、その後東西対立の冷戦がはじまったからである。分裂は冷戦の結果であるが、敗戦の結果でもある。当時西ドイツ国民には、理屈でわかっていても、自国の分裂を敗戦と結びつける意識が弱かったのではないのか。
自国の分裂を敗戦と結びつけると、東独とはソ連占領下にあり、そこの住民は幽閉状態にあることになる。戦後シベリアに抑留された自国兵士に日本国民はやさしくなかったかもしれないが、彼らを見て戦勝気分にはならなかった。西独国民の多くが「鉄のカーテン」の向こう側の同国人に対してこんな気分になるのは、彼らが好んで口にする「過去」がドイツ国民全体がした戦争でなく、(一部の)ナチが仕出かしたホロコーストのユダヤ人殺しに収斂しているためではないのか。
国土を破壊され、2千万人の同国人を殺されて復讐心に燃えるソ連に、戦後自国のGNPの4分の1に相当する賠償金を上納して慰めたのが東独国民であったことを、西独国民はどうしても考えたくないようである。これは、彼らが東西ドイツの分裂を戦争と関係づけようとしないからである。
こうして、統一以来の西から東へ流れるお金は、一等国・元西独国民の三等国・元東独国民に対する低開発援助に過ぎないことになってしまう。これは、当事者の精神衛生にいいことではない。
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