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| 「欧州どまんなか」 November
16, 2004 |
ハンブルクの南蛮漬け
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 | 美濃口 坦
ミノクチ・タン
1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト) |
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ハンブルクは私にとって特別の町である。というのは、昔はじめて日本を離れた私の飛行機が最初に着陸したヨーロッパはこの町だった。
私が子どもの頃西洋風の建物は「洋館建て」と呼ばれて、たいていは赤レンガづくりだった。低空飛行に移った飛行機の窓からは見えたのは赤レンガの「洋館建て」ばかりの町であった。その瞬間私は自分が西洋に来てしまったと緊張する。
その後、私は南ドイツの小さな町で暮らした。若かった私はあまり意識することなく新しい環境に慣れる。また赤いレンガの建物が南ドイツにはなかったせいか、半年間の滞在中「西洋」というコトバが私に一度も思い浮かばなかった。
それ以来、私にとって「西洋」は自分の体験とあまり関係のないコトバになってしまう。妻はドイツ人で理屈では西洋人になるが、何かピンと来ない。こうであるのは私の頭の中で「西洋」というコトバが明治の日本人とむすびついて重々しい感じがするからである。(私の勝手な想像だが、)彼らには日本国家が威厳ある存在であった。またその分だけヨーロッパのほうも権威があったのではなかったのだろうか。
ドイツに長年暮らすようになってからも、ハンブルクのこの第一印象は私の心に残る。赤レンガの建物が多いこの町に来ると、私は自分が「洋館建て」の前に立っていた子どもに戻ってしまう気がする。この町にはかぞえ切れないほど来たのに、私が親しみを感じなかったのは、このような事情と無関係ではない。
10年近く前のことだ。ハンブルクで仕事が終わり駅へ行くと、ミュンヘン行きの汽車がちょうど出たところだった。私はすっかり暇をもてあまし駅の食堂に入りビールを飲みはじめる。ふと見るとニシンのフライが積み上げられている。
それを指さすと甘酸っぱいタレにつかっていたのが皿の上にのっかってきた。食べた途端昔母がつくってくれたアジの南蛮漬けが思いだされた。
それまでもミュンヘンで同じタイプのニシン料理を食べたことがあるが、それは缶詰からで、タレはむやみと酸っぱくフライもぐちゃぐちゃになっていて本当においしくなかった。

ニシンの南蛮漬けを食べてからこの町は私に敷居の高い存在でなくなる。それ以来ハンブルクへ来るとかならず一度は駅の食堂でニシンの南蛮漬けを食べることにしている。そのために汽車を遅らせたり早めに来たりする。少し前ハンブルクを訪れた私はニシンの南蛮漬けをまた食べた(上の写真参照)。
ニシンはドイツでは下魚である。ハンブルクで比較的高いレストランに入ってメニューを眺めてもニシンの南蛮漬けなどないのではないのだろうか。私はハンブルクには仕事で来るだけで不案内であるが、そのように思っている。この点でソーセージと似ていて庶民的なもので屋台や駅の食堂などで食べるのがおいしいのかもしれない。レストランで食べられないのは、厨房でニシンのフライをはじめたら強烈な臭いが客席まで流れてくるからだと誰かが説明してくれたことがある。
昔ミュンヘンの魚屋で生のニシンを見つけて買ったことがある。私は塩焼きにしようと思ったら、妻が家中にあるコードをつないで私専用の魚焼き器を周囲の家から一番遠い庭の真ん中に置いた。彼女がそうしたのはニシンの臭いが強いからで、気を悪くした私はニシンを焼きながら離婚を決意する。お醤油と大根おろしで食べはじめると、お腹に卵が入っているではないか。「数の子」を食べながら私は離婚しないことにした。
日本では身欠きニシンが多いが、ドイツでは南蛮漬けにしなげれば酢漬けにするか塩漬けにするか燻製にするかである。妻を筆頭に南ドイツの住人にはニシンは評判の悪い魚だ。義母は南ドイツ生まれでないためにニシン料理を心得ていて、クリスマスにはリンゴ入りのニシンサラダをつくった。ところが、皆がろくに食べないので気を悪くして三年前から作らなくなった。

パーティーなんかで北ドイツ出身者に知りあうと私はニシンの話をする。産卵期に入っていない若いニシンで数日間だけ塩に漬けたのはマチェスと呼ばれる(写真上)。5月末か6月のはじめ、北海沿岸の町では市長立ち会いのもとでその年の最初の薄塩ニシンを祝い、樫の樽から尻尾をつかんで取り出して食べる。
こんなことをする人々はミュンヘンで生まれ育った妻からみるとドイツ人でなくオランダ人に近い(ニシンの本場はオランダである)。北ドイツの人々と私が懇意に話しているのを見て彼女は「ニシン・コネクション」と嘲笑する。
子どもたちは小さい頃寝る前に妻からアストリッド・リンドグレーンの本をよく朗読してもらった。そのなかにニシン嫌いのロッタちゃんがニシンのフライを水溜りで泳がせる話があった。そのせいか、子どもたちは二人ともニシンが好きでない。
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