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「欧州どまんなか」 November  30, 2004
心配すること

美濃口氏の写真美濃口 坦
ミノクチ・タン

1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
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ヘルムート・シュミット元首相が少し前のインタビューの中で「多文化主義は民主主義とは折り合いが悪く、権威主義的国家内でのみ機能する。こう考えると、西欧諸国が前世紀60年代に、外国人労働者を導入したのはあやまちであった」と述べた。この老政治家の発言が波紋を投じるのは、彼が反外国人感情の尻馬に乗るような政治家でないことをドイツ人の誰もが知っているからである。

日本人に耳慣れない「多文化主義」であるが、これはある社会にいろいろな民族が暮らしている場合に、少数民族もその文化や宗教や言語を保持すべきとする考え方で、多数民族が少数民族に自文化を強制する「同化主義」の反対である。

シュミット元首相がこんな発言をしたのは、オランダでテオ・バン・ゴッホ映画監督がイスラム原理主義者のモロッコ系の青年に殺されて以来、ドイツでも自国居住イスラム教徒との共存について、激論がかわされているからである。オランダは隣国であるだけでなく、ドイツでは昔から多文化主義の成功例とみなされてきた。

ゴッホ監督は、イスラム教が女性の人権を踏みにじって虐待することをテーマにした「服従」という映画をつくる。彼は11月2日、自転車で職場に赴く途中、路上で銃撃され、腹部にはナイフが突き刺され、脅迫状がついていた。これは映画の原作者のソマリア系移民の女性国会議員に向けられたものであった。

これがきっかで、イスラム教礼拝所や学校やキリスト教の教会に対する放火がオランダ各地で相次ぎ、また政治家がイスラム過激派から脅迫されて、その度に人々の不安がいやがうえにも高まる。移民排斥を唱える右翼団体とイスラム過激派の双方による報復が隣国にも波及し、ドイツでもイスラム教礼拝所の火つけ騒ぎが発生する。

ゴッホ監督の映画はその一部を見た限り、私には悪趣味と思われた。でも彼に憎悪をおぼえたからといってピストルをぶっ放したり、ナイフで突き刺したりするのはもってのほかで、反論するか、あるいは裁判に訴えるべきで、このことに私は異論はない。

私が不安をおぼえるのは、多くのヨーロッパ人が、特に文化人が自分を「言論の自由と寛容の守護神」のように思い込んで議論しているうち、対立が例のイスラム対西欧の文明の衝突に発展する危険がある点だ。

例えば、オランダで著名な作家レオン・デ・ウィンターは「脅迫状は、殺人者がその成長過程で、個人の責任を問うオランダ文化を身につけず、両親の故郷の恥の文化にとどまったことをしめす」として、モロッコからの移民の子孫に「(集団的な)恥と無関係な個人の判断に基づいた自由なオランダ社会に参加する能力」があるかどうかを疑うと書いた。

どうしてこのベストセラー作家は、ヨーロッパにもまた自国に、いろいろな人がいることを忘れるのであろうか。というのは、事件後イスラム教寺院に火つけをしたオランダ人は「個人の責任を問う」ことをおこたっているのだから。

次にイスラム教と女性抑圧・虐待であるが、むかし本屋をしていた頃、トルコ人の若い女性がしばらく働いてくれた。彼女は当時アフリカ人の恋人ができて、北ドイツから逃げてきていた。彼女が両親の怒りについて語るのを聞いて、私にはトルコ人が昔の日本人とあまり違わないような気がした。私が若い頃、日本でも若い娘の処女性が重視されて、悪い虫がつかないように見張ったりすることがあった。昔は日本でも親が結婚相手を決めたことがある。

とすると、女性抑圧・虐待はイスラム教の専売特許でなく、伝統社会の価値観が近代的価値観にとってかわる過渡期、それも外国の中の「孤島」で起こり、守勢に回った側の危機感と関係があるのではないのだろうか。いずれにしろ、自分の属する社会でもそう遠くない過去に、似たような側面があった記憶を失う欧米人を見ると、私は、昔から金持ちであった顔をする成金を連想して不快になる。

どの民族もその文化的独自性を失うことなく共存する多文化主義は私の夢でもあった。それだけに、前世紀90年代の中頃(別のテーマの取材中)、ドイツの多くの都市で、ドイツ語をまったく話したことのないトルコ人就学児童が大量に発生しているのを知ったときはショックであった。外国人差別につながるとされて、このような問題が長年タブー視されたのは残念で、今になって多くのメディア関係者がいいだすのはやりきれない。

シュミット元首相の心配であるが、共通言語によるコミュニケーションがなければ民主主義も機能しないし、今まで「多文化主義」が金科玉条とされて、問題を見ようとしなかった以上、失敗を認めない限り、その解決のきっかけも生まれない。

インタビューを読むと、シュミット元首相は、アメリカ合衆国を英語圏からの最初の移民に後続移住者が同化してできた国家と見なし、多文化社会の国家としての試練は今からはじまると思っているいるようである。




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