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| 「欧州どまんなか」 December
21, 2004 |
「君が代」がなくなる日
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 | 美濃口 坦
ミノクチ・タン
1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト) |
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数日前インターネットで日本の新聞を読んでいると「君が代の訳の訂正を指示」という見出しの記事が眼にとびこんできた。日本政府は閣議で在ドイツ日本大使館のホームページに掲載されている「君が代」のドイツ語訳を「誤解を招きかねない内容だ」と判断したという。
私は好奇心に駆られて在ドイツ日本大使館のホームページにたどりつき「国旗・国家」をクリック。問題のドイツ語訳はもうなく、代わりにどこかの出版物からの引用が掲載されていて「君が代」の由来と日本政府の見解が説明されていた。
政府がこんなことを問題にするのは、民主党の小宮山泰子衆院議員が質問主意書を提出し、明治憲法下の解釈とみられる「君が代」訳がドイツをはじめ外国での広報活動に見られると指摘したからである。
インターネットは便利で検索すると直ぐにこの「質問主意書」が見つかった。そこには、問題のドイツ語訳が日本語に直訳されて読むことができた。それは「君主よ、汝の支配が/千年も、幾千年も続くように、、、」で、これが「政府の現憲法下の公式的な『君が代』の解釈」に反すると主張される。一瞬私は冷戦時代の東欧圏のガチガチ共産党員と議論しているような気がした。
翻訳は、原典を忠実に外国語で表現し、こうして表現されたものがその外国語を解する人々にわかってもらえなければいけない。「君が代」の独訳について質問した野党の政治家も、またこの質問に回答した政府のほうも原典、翻訳、解釈という三つの区別すべきことが区別できないのではないのだろうか。
原典となる「君が代」の歌詞は、古今和歌集や和漢朗詠集に収録されているといわれるように古いものである。この原典は時代によって異なって解釈されたのではないのか。例えば支配と関連し小さな石が集まって岩になる以上、国家の統合過程が象徴されていると理解できないことはない。この点を強調する解釈は当然国家成立後の明治以降、また1945年以降の解釈とは異なる。一つの原典にも複数の解釈があることになる。
私が強調したいのは、原典「君が代」の歌詞の作者は昔の人で、千年先の時代に登場する現行憲法の「主権在民」も「象徴天皇」も予想できなかったことである。当然「君が代」という表現そのものがこのような現行憲法の考え方となじまない。
私が心配するのは、この理由から仕事熱心の日本人が「政府の解釈と異なる『君が代』の訳文が在外公館で使われることがないよう」にがんばっているうちに、翻訳の元になる原典が歌詞でなくなり「政府解釈」になってしまう。その結果(少なくと外国語の翻訳で)「君が代」がなくなる日が来ることである。
奈良の法隆寺の建物を見ても、私たちは憲法のことなど考えない。それなのに、なぜ、私たちは千年以上前の「君が代」の歌詞が憲法に合致しているかどうか気にしなければいけないのか。
こう私がいえば、それは「君が代」が国歌だから、という答えが戻ってくるはずである。でも地球上に多くの国があり、それと同じ数だけの国歌がある。なかには、その歌詞が(具体的に国名を挙げないが)、神がかり的であったり、また戦時国際法に違反したりすることだってあるのではないのだろうか。
地球上にある多数の国歌のなかで、「君が代」は評判がいいのではないのか。国家も国歌も19世紀のヨーロッパ人の発明であり、そのために欧州以外の国の国歌は、どこか西洋音楽の模倣とけなされる。ところが、「君が代」だけは、昔から西洋音楽と異なる音楽性を表現しているとされてきた。
ドイツの学校で音楽の授業で使われている歌曲集に「333の歌曲」と呼ばれているのがあるが、この中に「君が代」が入っている。版元はクレット社で有名な教科書出版社であり、またこの歌曲集に数多くの国歌が収録されているわけでないので、日本の国歌が高い評価を受けていることになる。
この本では、ドイツの子どもたちはローマ字表記の日本語の歌詞をうたう。自分のうたう歌詞の意味を知りたいと思った人が或る日在ドイツ大使館のホームページを訪れる。こういう需要だって今まであったのではないのだろうか、、、、、国会議員や政府関係者は、在外公館などは自分たち声(威光)があまり届かない離島のように考えているのかもしれないが、このイメージは時代錯誤で、それこそ「明治憲法下」のお役所に近い。
「君が代」の外国語訳を読む人に、どうして私たちは自国が「主権在民」であると知って欲しいと思うのだろうか。日本にどんな憲法があって、それが遵守されているかどうか質問されれば、それに回答したらいい。きかれもしないのにいいたがるのは奇妙な心理である。私は、駅の待合室で(いわれなく)立ち上がって自分がスリでないと叫びだす奇妙な人物を連想する。
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