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| 石井晃の「スポーツ・ジャーナル」 November
10, 2004 |
勝利だけでなく、営利だけでもなく
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 | 石井 晃
イシイ・アキラ
大阪社会部記者、デスク、和歌山支局長、論説委員などをへて、2002年4月から編集委員。読書も趣味のひとつで、アサヒコム関西のページで「乱読味読お買い読」を掲載。(03年2月終了)
絵・森元暢之 |
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|バックナンバー|
砂山清の「地球ワンカット」
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日本人として、アメリカで最初に本格的なアメリカンフットボールを体験した岡部平太は、シカゴ大学の名コーチ、スタッグのこんな言葉を日本に紹介している。
「英国のスポーツマンは、スポーツそれ自身のためにスポーツをやるが、吾々米国人は勝つためにスポーツをやる。但し、その勝敗の途中、1点でも不正のことがあるならば、自分はむしろ負けることを望む」
スタッグがサンデー・イブニングというアメリカの雑誌に書いた文章だという。先日、関西アメリカンフットボール協会が出版した復刻版「アメリカンフットボール」(原本は1927年、東京高等師範学校アメリカンフットボール研究会発行)に寄せた岡部の「精神を掴め」という序文に書かれていた。
序文には「ある年の中西部十大学(ビッグ・テン)の優勝戦をシカゴとオハヨウが戦った」ときの出来事として、こんなエピソードも紹介されていた。
「スコーアはタイのまま押し進んで、ラストのクオーターまで来た。圧迫していったシカゴ軍は主将ページのエンドランで見事なタッチダウンをやった。レフリーももとより笛を吹いた。数万の観衆は熱狂して騒ぎ立てた。その時ライン近くで見ていたシカゴのコーチ、スタッグは突如として異議を審判に持ち出して、それは不法のエンドランである理由を説明した。シカゴの応援団はもとより選手はプロテクトを地面にたたきつけて憤慨した。しかし、スタッグは冷静で少しも驚かなかった。レフリーは最初の宣言を取り消してシカゴ軍にペナルティーを課した。そのためシカゴ軍はあたら握った優勝の栄冠を失ってしまった」
感動しながら読んだ。勝つことが好きで、それ以上に稼ぐことが大好きなアメリカのスポーツ界でも、ほんの80年ほど前まで、こういうサムライのような精神が生きていたのだ。名誉を重んじる武士道精神を持った人物が存在したのだ。そういう人物を紹介して、アメリカンフットボールを日本に導入しようとする若者たちに「形よりもまず、精神をつかめ」と檄を飛ばす岡部青年もまた、サムライであった。
スポーツが金銭に振り回されず、競技そのものに人々が純粋に取り組み、熱中できた時代の空気が、ここには濃厚に漂っている。
それから約80年。僕らの時代は、そこから遥か遠くに来てしまった。明治大学のエースは、入団交渉の前には金銭の授受が禁止されているのに、判明しているだけで巨人、横浜、阪神の3球団からそれぞれ多額の現金を受け取っていた。それが明るみに出ると、3球団のオーナーや社長は、それぞれ辞任したり辞任を表明したりした。
東北にある高校の監督も、選手の入団交渉に関係して不明朗な金銭を受け取ったとして、日本高校野球連盟の処分の対象となった。
表面化したのはごく一部だろう。10年近く前だが、球団と大学、高校選手との間に、不明朗な金銭のやりとりがあるという話や、そこに介在して「紹介料」をとる人物が暗躍しているという話を耳にしたこともある。
「勝つことが正義」「儲けることが正義」という風潮がまかり通っているから、こういうことが起きるのだろう。金を出すプロ側だけではなく、受け取るアマチュア側にも、そういう考えが蔓延しているから、選手も軽い気持ちで大金を受け取ってしまうのだろう。
不正な金銭を受け取っていた明大の投手は先日、「涙の釈明会見」を開いたが、それでも今年のドラフトの指名対象になるそうだ。悪いのは金を出した側、受け取った選手については「将来のある若者の野球生命を断ち切るな」ということらしい。
しかし僕は、指導者を含めて、アマチュア球界に金銭に対するだらしなさが蔓延しているから、問題が発覚したからといって、彼だけにペナルティーを課すことができないのではないかと、勝手に想像している。それほど今回の問題の根は深いのだろう。
けれども、そういう野球界では必ず、ファンからしっぺ返しを受ける。プロ野球界は、オーナーたちの退陣で一件落着ではなく、問題の根っこにあるドラフト制度の改革を早急にやり遂げなければ、プロ野球そのものがファンに見放されてしまうだろう。アマチュア球界も、プロ野球に振り回されるだけでなく、指導者自らが襟を正さなければなるまい。
80年近くも前の「スポーツマンシップ」を伝える文章を読みながら、そこから遥か遠くに来た日本の現状を嘆いていたら、僕のひいきのKGファイターズが立命館パンサーズに勝った。両チームともに知力と体力、技術と精神力、そして組織力と想像力の限りを尽くして戦ったすばらしい試合だった。21世紀の日本のアメフット史に残る至上の試合といっても差し支えないだろう。その話も書きたいが、紙数が尽きた。
別の機会に、じっくりと書いてみたい。
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