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永井明の 「メディカル漂流記」  February  11, 2004
四回戦ボーイは強い



ガキの時分、喧嘩にばかり明け暮れていた時期がある。作戦は先制攻撃。とにかく最初に相手に大きなダメージをあたえなければ、からだの小さいぼくには勝ち目がなかったからだ。複数相手に闘うときには、ボスとおぼしき人間を集中的に攻撃する。
まだある意味で牧歌的な時代だったのだろう。ナイフやチェーンを振り回す者は数少なく、素手での喧嘩。それなりにルールらしきものもあったような気がする。

あるとき、つまらぬこと(たいていはつまらぬことですが)で他の中学の奴と喧嘩になり、ぼくのはなった右ストレートパンチがみごとに顔面に入ってしまった。その一発で相手はどっさりと倒れ鼻血たらたら。絵に描いたような勝利である。

それはいいのだが、ぼくの人差し指も腫れ上がりだした。骨折してしまったのである。
「まったく、ばかじゃねえー。喧嘩なんかええ加減にやめんさい」
情けなそうな顔をして叱る母親に悪いと思ったのかどうか、しばらくして、ぱたりと喧嘩はしなくなった。いろいろ悩みごとをこさえだして色気づき、自分の内面的なことで精一杯。他人などにかまってはいられなくなったからだと思う。

同じ頃。どういうわけか、ぼくの通っていた中学校の体育館用具置き場にボクシングのグラブが何組かあった(正規の体育授業にボクシングなどはない)。
あるとき、喧嘩になりそうになった相手に、そのグラブを使い、ボクシングで勝負をつけようと提案した。指の骨折の痛みは忘れ、自分がはなったストレートパンチのイメージだけが残っていたのである。愚かなことである。

で、闘いましたですよ。そして、みごとノックアウト、それも一発のフックで「倒されてしまった」のである。
その瞬間、痛くもなんともなかった。ただ、目の前に星がぴらぴらといくつも光り、ブラックアウトしてしまった。脳震盪のような感じだろうか。何秒か後目が覚めたが、すこしふらつきが残るぐらいで顔面の腫れも痛みもなかった。

喧嘩に負けたことはきれいさっぱり忘れ、「ボクシングというのはすごいんだ」と妙な感心の仕方をしていた。
伝説上のピストン堀口は名前しか知らないが、白井義男がフライ級の日本人初の世界チャンピオンとなったことはしっかり記憶がある。その後は、フライ、バンタムの2階級を制覇したファイティング原田、ガッツ石松、輪島功一、具志堅用高などのタイトル戦はテレビで見ている。

しかし、いつの頃からか、ボクシングに対する興味はほとんど失ってしまっていた。個性的な辰吉丈一郎ぐらいは知っているが、薬師寺、川島などと言われても、「誰、その人?」状態である。

先日、知人からボクシングのチケットを二枚もらった。そのとき(ま、いつもですが)けっこう酔っ払っていたので、手帳の間に挟んでいたそのチケットの存在をしばらくの間忘れていた。
「ボクシングか……」と思ったが、考えてみれば、ライブでボクシングを見たことはない。タイトル戦でもなんでもなく、「草加有沢ジム」の選手たちが、他のジムの選手とファイトする興行らしい。それでも、好奇心がうずいた。

ただ、試合まであまり日にちがない。ぼくはその日はだいじょうぶだが、チケットはもう一枚ある。「はて、誰を誘ったものか」。何人か顔を思い浮かべているうち、ぴんとアンテナにひっかかるものがあった。
「明日のジョー!」
もちろん、ジョーは誘えない。以前一緒に仕事をしていた「明日のジョーをこよなく愛する」編集者である。
「行きます、行きます。会議だけど、そんなものすっぽかしてボクシングに行きます」

後楽園ホールは、七、八割の入りだった。これが多いのか少ないのか、比較対照するものがないのでわからない。ただ、けっこうな熱気に包まれていた。若い人、とりわけ女性が多いのには驚いた。これは後に判明するのだが、彼女たちは、何人もいる新進選手たちのファンなのである。

四ラウンド戦が七試合、六ラウンド戦が一試合、そして八ラウンド戦が二試合というスケジュールである。
プロのライセンスを取得すると、まず四ラウンド戦への出場権が得られる。それで四勝すると六ラウンド戦に昇格、そこで二勝、すなわちプロ入りして六勝すれば八ラウンド戦が闘えるというわけである。ちなみに日本チャンピオン戦は10ラウンド、世界戦は12ラウンドである。
こんなこと、ボクシングファンなら初歩の初歩知識なのだろうが、昇格基準は、このときはじめて知った。
かの辰吉丈一郎はプロ入り八試合目で世界チャンピオンになったなどと聞くと、「すげえーな」と思ってしまうのである。

肝心の試合だが、これがとても面白かったのですよ。
出場選手の誰一人も名前も顔も知らない。それでも面白い。
「四回戦ボーイ」という言葉は、少々侮蔑の意味を含んでいるように感じていたが、とんでもない。強い、強い。パンチの繰り出しは早いし、少々打たれたところでなかなか倒れない。
星ぴらぴらの体験があるぼくには、彼らのタフさが驚異的に感じられた。ぜったいに喧嘩したくない相手である。

彼らの多くはたしかにテクニックは未熟なようだ。足はすぐに止まり、壮絶な打ち合いをはじめる。打った後ガードが下がり、相手のパンチをもらい続ける。空振りも少なくない。
ある形になっていて、テレビで見るボクシングらしいと思えるのは六ラウンド戦以降だった。

それでも、いや、だからこそなのかもしれない。リング真ん中に突っ立ち、いつ倒れてもおかしくない打ち合いを続け、はらはらどきどきさせる。十試合のうち、六試合がKOできまった。これってボクシングの原点のようなものではないのだろうか。いや、興奮した。

それぞれのご贔屓がいるのだろう。「あらいくーん」とか「ぜんたろうー」という絶叫が飛び出す。チャンスになると「くどお、くどお」といったコールが会場に響く。ライブならではなの雰囲気である。
メインイベントの前に抽選会が行われるのだが、その商品が「草加せんべい」というのも、なかなかいい。また、パンフレットの広告に「川崎タツキ、原口清一、原口龍二選手の働いているお店。焼肉の旨い店『ソウル』」とあるのも、なんかほのぼのとした気分にせさてくれる。

多くの選手が四ラウンド戦で四勝できないまま、リングを去っていくという。それでも、十分素晴らしいことだ。
ひたすら苦痛は避けるというスタンスでついでに生きているぼくには、彼らがみんな輝いて見えた。
勝つもよし、負けるも、またよしである。がんばんなはれや。






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