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永井明の 「メディカル漂流記」  February  18, 2004
耕洋丸来たりて梅の咲く



下関にある水産大学校の練習船「耕洋丸」が有明埠頭に停泊中である。
南太平洋の長期航海に三回、北方墓参航海に一度乗せてもらった船で、愛着が強い。古い船ゆえ、配管など、あちらこちらにがたがきているようだが、外観はよく手入れされている。すでに廃船、「船の科学館」の一部になっている「宗谷」や「羊蹄丸」と並んでいても、けっして引けをとらない。「おお、威風堂々!」である。
むろん、科学館で現在公開展示中の某国不審船(南シナ海で沈んだあれですね)よりも、美しい。スピードでははるかに劣るが、なにせ、あちらはもう海の上を走れませんから。

船内も、最近造られる船と違って、木材がふんだんに使われていて、なにやらほっとする空間である。
昨年の十月からこの一月までの航海には諸般の事情で乗れなかったのだが、船に足を踏み入れた途端、「あーあ、乗るんだった」と今さらながら、またまたしつこく後悔である。
そう、諸般の事情なんてものは蹴飛ばせばいいのだ。船、最優先。女房がなんだ! 愛人がなんだ(おりませんが、とりあえずの見栄として)。

船長をはじめクルーにも顔見知りが多い。先日、この「耕洋丸」とやはり何度も乗船している水産庁の調査船「開洋丸」との懇親会が開かれた。
その後は、例によって「おいらの船は三百トン」の大合唱である。

停泊期間中、毎晩のように彼らと飲み歩いている。
その体力を蓄えておくため、「昼間は仕事などせずに過ごそうね」と己にしっかりと言い聞かせている。
根が素直なぼくは、「うん。そうしよう」。こくりとうなずくのだった。

閑中さらに閑あり。
風のない温かささえ感じる陽気に誘われ、日比谷公園に行ってみた。さしたる理由はない。いつも新宿御苑では芸がないか。その程度のことである。

梅が咲いていた。桜ほどの派手さはないが、なかなかきれいだ。
枝が小刻みにたわむ。近づいてみると鶯である。梅に鶯。少々できすぎ。これで「ホーホケキョ」と鳴けば、「あらら」と思いそうだ。

昼下がり、陽だまりのベンチに座り、ぼんやりと梅を眺めるのもいいものだ。
とりとめもなく、梅にまつわることどもが頭に浮かんでは消える。
一昨年は、下関で下船してすぐ大宰府の梅見をしましたね。
豪勢な紀州の梅干をひと樽もらったことがありましたっけ。
そういえば、梅の種には青酸配糖体が含まれているんだよね。たまに種をしゃぶっている人をみるけど大丈夫なのかしら。
塩梅と案配はどう使いわけるんだったっけ……。
いかん、いかん。思考が何やら自分の仕事領域にかすってきた。

こうして昼間、十分、いや十二分に体力を温存したナガイはその夜も、船乗りもどきになりきり、いそいそとアミーゴたちと夜の街にくりだしていったのだった。

梅の種に含まれている青酸配糖体は、腸内細菌の働きで青酸を遊離する結果、シトクローム酸化酵素の活性を阻害し呼吸を止めてしまう。シトクロームというのはヘム鉄が生理的に酸化還元をすることにより、電子伝達系の成分となっている細胞内のヘムタンパク質の総称。
え、よけいわからない。ま、いいじゃないですか。

ぼくの大好きなあんちょこ『類語大辞典』(講談社)によると、塩梅は「えんばい」の転。その酸味が調味料として用いられたことから「味加減」という意味合いで造られた言葉らしい。また、音が似ていることから、うまい具合にことが運ぶ案配(按排とも書く)と混同して使われるようになったようだ。

それやこれや調べていた、梶井基次郎の俳句と遭遇してしまった。桜ではなく、梅である。

梅咲きぬ温泉(いでゆ)は爪の伸び易き

耕洋丸が東京を離れたら、どこか温泉にでも行って縁側で爪でも切ろう。

 




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