| 永井明の「メディカル漂流記」 March 31, 2004 |
初体験・漁業取締船
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頭の上には大きな青空が広がっている。だが、春うららとはいかず、玄界灘から吹きつけてくる北西の季節風は強く冷たい。博多港、イベントバースに横付けしていた水産庁取締船「白竜丸」は、もろにその強風を右舷全面に受けていた。
横移動のため船腹に取り付けられている推進機、サイドスラスターもまったく利かない。離岸に四苦八苦、けっきょくタグボートに曳航されるかっこうで出港した。
以前、アミーゴ航海士カマちゃんから、「離着岸のときは風をとても気にするんですよ」という話を聞いたことがある。そのときは理屈としてはわかったのだが、「なるほど。風とはすごいものだ」と実感できた。
出港後すぐ、「北緯35度08分、東経131度31分、見島付近の海域で外国漁船六隻が操業中」という情報が入った。調査船や練習船場合、調査ポイントや航路は前もってだいたい決まっている。出港後しばらくは、ひたすらその地点までの移動航海だ。トランクを開けたり、キャビンの片づけをして、航海中の生活空間をのんびりと整える。
だが、取締船では、そんな悠長なことは言っていられないようだ。外航、内航の違いもあるわけだが、けっこうあわただしい。白竜丸は外海、日本海に出、当該ポイントに船首を向けた。
風はやや追い手になったが、しっかりとピッチングを繰り返す。どったんばったん、よく揺れてくれる。
「200海里漁業水域」という言葉がある。
沿岸から200海里(約370km)以内の海域では、その国が漁業資源を管轄し、他の国の漁船の自由な操業は原則的に認められない。同時に、漁業資源の保存と最適利用を促進する義務も負っている。毎年度、漁獲量を決定し、それを遵守しなければならないわけだ。ただ、自国でその漁獲可能量を達成できないときには、漁業協定にもとづいて他の国に余剰分を獲得する機会を与えることがある。その際、外国漁船は入漁料を支払い、漁獲割当量、漁業規制など沿岸国の定めた条件を守らなければならない。
水産庁の取締船のおもな仕事は、外国漁船が、その約束ごとを守っているかどう取り締まることである。
なお、200海里以内の水産資源のほか、海底鉱産資源の権利も含めるときには、「排他的経済水域」と呼ぶ。
山口県の萩市はるか沖、日本海に浮かぶ見島は、離島ではあるが日本に帰属する。その付近での操業はあきらかに「違反」である。
白竜丸が情報のポイントに到着したのは21時頃だった。だが、すでに該当漁船団は移動してしまった様子だ。
「どこの国の船で、どちらに向かって移動したかはだいたい予測できます」
ベテラン・クルーにとって、違反漁船の航路を読むこともそれほどむずかしいことではないらしい。と言うか、それができなければ取締り業務はむずかしい。なにせ、海は広いのだ。
白竜丸は西に針路を取り、追尾をはじめた。
ミッドナイト近くになって、該当漁船群を視認できるところまで近づいた。北緯35度21分、東経130度54分。まだAZと呼ばれている日本の経済水域内である。当初の情報より一隻多く、七隻の韓国の漁船団らしい。ぼんやりとした灯火が波で上下、見え隠れする。暗闇の中、船体ははっきりとは見えないが、せいぜい20〜30トンほどの小型漁船集団だ。
そのうちの一隻にサーチライトを浴びせかけ、通訳さんが、マイクを通し、船長の指示を受け停船を命じた。
「その船停船せよ(ハングルですが、ぼくにはわかりません)」
プサンが母港らしいその船は、停船に応じるような、そうでもないような、けっこうトリッキーな動きをする。
この海域で漁業操業をしていれば、即拿捕ということになるが、現在その漁船団が網を下ろしている様子はない。
「もちろん向こうもレーダーを積んでいて、われわれが来るのは察知しているわけですよ」
それで、急いで網を上げて遁走、それが間に合わないと思えば、網を切ってしまうこともあるらしい。
相手の船に周波数を合わせるように何度も呼びかけ、無線での交信がはじまった。その間、ブリッヂではクルーたちが双眼鏡で船のナンバープレートの相当する漁業許可番号や船名を読み込み、福岡や境港にある漁業管理事務所に照会する。以前、警告を受けたことがある漁船かどうかなどを調べるのである。
その漁船団は、「漁などしていない。プサンへの帰路、たまたま、ここを通りかかっただけだ」と言っているようだ。
遭遇したとき操業していなくても、日本の排他的経済水域にいる漁船に停船を命じ、立ち入り検査をする権限をもっている。そして、船に乗り込み、航海日誌や操業日誌をチェック、その漁船が実際に捕獲した量と矛盾があるかないか付け合わせをするわけである。
「どうもあやしい」
艫のデッキでは、立ち入り検査のための準備が着々と整えられていた。
「スタンバイOK」状態だったが、この夜は、うねりがひじょうに強かった。船長はサーチライトで海面を広い範囲照らすように指示し、双眼鏡で荒れ具合を念入りに観察していた。
「危険ですね」
漁船に立ち入り検査するため、クルーが乗り込むゴムボートが下ろせる状態ではないと判断したようだ。当該漁船に、すみやかにこの海域から退去するよう警告し、他の六隻も現認(近づいて、船名、船型などを写真やビデオで記録する)。AZ海域を出て、韓国の200海里であるKZ海域に入るまで、しっかりと監視を続けたのだった。
韓国漁船の中には、時化ると取締船の機動性が発揮しにくくなることをよく知っていて、あえて時化のときを選んで日本の海域に入って違反操業をするものも少なくないという。もちろん、彼ら自身も大きな危険を背負い込む。「そこまでして」と思うか、「そこまでしなければ」と考えるのか、なかなか切ない問題である。
日本海波高し。
ともかくも、はじめての体験、女性週刊誌的に言えば、取締り「初体験」航海の第一幕はなかなか興味深いものだった。

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