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アサヒ・インターネット・キャスター



砂山清の「地球ワンカット」 December  22, 2004
2004年の旅から――キューバ2
ヘミングウェイ博物館での隠れんぼ


砂山清の写真砂山 清
スナヤマ・キヨシ

朝日新聞記者、「AERA」スタッフライター、テレビ朝日系「キッズニュース」キャスターなどを経て、現在フリー。日本旅行作家協会、日本映画ペンクラブ会員。
バックナンバー 石井晃の「スポーツ・ジャーナル」


作家ヘミングウェイが、死の前年まで住んでいた、ハバナ近郊の邸宅を、訪ねたのは、5月の初旬だった。かつての高級住宅街に、鬱蒼とした森に囲まれて建つ、白亜の邸宅は、彼の遺言により、死後、キューバ政府の所有となったが、生前のまま保存され、今は、博物館として、公開されている。

基本的に、亜熱帯気候のキューバでは、訪れた5月は、乾期から、そろそろ雨期に変わる気候の変わり目で、日によって、午後になると土砂降りの雨が襲う。

ヘミングウェイ博物館は、外観だけでなく、テラスに面した明るい応接間、ダイニングルーム、寝室、「老人と海」などを書いた書斎など、邸宅の内部も、きちんと保存されていているが、見学者は、内部には入れず、外側から、開け放たれた窓やドアを通して、見る仕掛けになっている。しかし、雨の場合は、窓やドアを閉めるので、内部はほとんど見えない、と聞いていた。

駆け足の短い滞在期間中、1人で博物館に行くことになり、ハバナの旧市街で、タクシーを捕まえた頃から、激しい雨が降り始めた。運転手は、「まだ本格的な雨期でないから、30分くらいで、絶対にやむさ」と、“確約”するので、行くことにした。建物が亜熱帯の深い森に隠れ、全く見えない門の脇で入場券を買う。案の定、「普段は、ガイド付きのツアーで回るのだが、今日は雨で、ツアーは無い。どうしても見たいなら、自分で勝手に見てくれ。ただし、窓もドアも閉めているので、建物の外側が見えるだけ。それでも良いか」と念を押される。

「まあ、外からだけでも、見ないより見たほうが良い」というのが、いつもの、僕の考え。入場券を買って、そのまま奥の、邸宅前まで行く。「30分で、やむ」はずの雨は、ますます激しく、それこそ滝のよう。運転手も「いよいよ雨期かあ。少し早いけど、温暖化のせいかなあ」などと、言っている。傘があっても役に立ちそうも無いほどの降りなので、そのままタクシーの中で待つことにする。少し小降りになったのを、見計らって、邸宅の周りを回る。もちろん、こんな日に、他に見学者は誰もいない。

裏の方の窓が開いていたので、中を覗き込む。閉まっている表側のガラス戸まで見通せ、手前の本棚やテーブルがある部屋の壁には、こちら向きに掛けられた、円形のピカソの絵が見えた。内部には、何人もの制服姿の女性職員が、表側の応接間のソファに座って、手持ちぶさたに、お喋りをしているのが見えた。傘を置いて、カメラを取り出していると、1人のおばさん職員が、立ち上がって近づいて来て、ガラス戸を開けてくれる。サービスがいいな、と礼を言うと、「中に入って写真を撮れ」という。面食らっていると「早く!」とせかされる。中に入ると、「5ドルよこせ」と手を差し出す。5米ドル渡せば、普段入れないヘミングウェイの邸宅の中を、自由に歩き回り、写真を撮って良いというのだ。「ただし、内緒だよ」。

タクシー代やレストランでの食事代などと比べて、5ドルは、ちょっと高い気がしたが、「雨のお陰で、かえって得したかも」と、5ドル渡して、中に入った突端、そのおばさんの顔色が変わった。来るはずの無い、館長が、これもプライベートの客を連れて、表側から、入って来たのだ。おばさんは、あわてて、僕を、寝室のドアの陰に、隠す。僕が、「僕の靴と傘を裏側の入り口脇に、置き放しにしている」というと、あわてて、それをベッドの下に入れ込む。

それから、館長の一団が、動くたびに、僕は、おばさんの、目配せと、手振りの信号に従って、館長から見えない位置に、場所を変える。館長の1団が、表側のダイニング・キッチンで、長い説明を聞いている間、僕は、裏側の、客用寝室にしばらく閉じ込められ状態で、仕方なく、音を立てないよう気をつけながら、ヘミングウェイの客になったつもりで、ベッドに寝てみたりした。

館長が、1団を案内する声だけは、聞こえて来る。英語だったので、少しは、内容が分った。「後で、ダイニング・キッチンにも行って見なければ」などと思っているうちに、おばさんが戻ってきて、「今すぐ外に出て行ってくれ」という。「さもないと、私たちのクビが危ない」と真顔の剣幕。「だって、5ドルあげたじゃない」と呟いたが、後の祭り。「ヘミングウェイの家の中で、隠れんぼを楽しめたのだから、ま、いいか」と、諦め、外へ出て、何食わぬ顔で、こんどは館長の1団に加わって、そこから後は、その団体ツアーに同行して見学。

一行が、裏側に回ると、窓から、先ほどのおばさんが、「秘密だよ」と、口びるに指を立てウインクして、牽制する。僕は、なんだか、おばさんと、仲間になった気がして、おかしかった。

そして、一行と一緒に、見学が終わる頃には、雨も上がっていた。心配だったタクシーは、ちゃんと待っていてくれ、しかも、乗るとき交渉で決めた料金以外、待ちの追加は、取られなかった。

僕は、ヘミングウェイの遺物もさることながら、あのおばさん職員達の、他に誰も居ない時の、小さな“収賄”や、上司が来た時のあわてぶりに、この社会主義国の、多分日常的で、とても人間的な、一面を見て、面白かった。

タクシーといえば、この国のタクシーもちょっと不可解。ハバナから、バスで約5時間半余の、トリニダーという古都(古い街並み全体がユネスコの世界遺産)に行った時、ホテルで出会った日本人の女性2人連れが、ハバナに帰るバスに、乗り遅れてしまった。すると、バス会社が、タクシーでバスを追っかけてくれるというのだ。さらに、1人5ドル出せば、そのまま、そのタクシーが、ハバナまで行ってくれるという。

話を聞いて、僕と、同行の友人の2人も、急遽、同乗させて貰うことにした。結局、バスだと25ドルはかかる5時間半余の道のりを、タクシーで5ドルで帰ってくることが出来た。もっとも、かなりの、オンボロ車で、乗りごこちは、バスの方が良かったかもしれない。しかし、英語の出来るタクシー運転手のお喋りと、カー・ラジオから流れる、陽気なキューバ音楽に、サトウキビ畑や椰子の林を抜けての、あっという間の5時間半だった。




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