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親愛なるm
いよいよですね。最後までもつれにもつれて、投票日を迎えることになりそうです。
結局は、「イラク」に対する国民投票の形になったようです。「ベトナム」をめぐって争った1968年の大統領選挙以来でしょうか、外交安全保障が真っ正面の争点となったのは。
ただ、ブッシュ大統領とケリー候補との間で、イラクと中東に対する政策のどこに、どれほど本質的な差があるのか、私にはよく分かりませんでした。終盤になって、ケリー氏は違いを際だたせようと努めていましたが、イスラエルとパレスチナの和平構想など、こと中東政策について言えば、2人の違いは、コカコーラとペプシコーラの違いほどもないように見えました。こういっては両社からおしかりを受けそうですが。
これまでの大統領選挙では「4年前に比べて、暮らし向きはよくなったか」という問いかけをよく聞いたものです。
今回はどうでしょうか。
経済はそれほど変わらないようです。問題は政治と外交です。なかでも市民的自由と人権について言えば、「暮らし向き」が窮屈になったことは否めません。911テロ後、米国は自らを砦(とりで)としつつあるかのようです。反テロ愛国法という国民監視システムを作り始めました。貴兄はジョージ・オーウェル的な「1984 lite」(1984年もどき)と名付けていましたね。加えて、アブグレイブ監獄での捕虜虐待とグアンタナモ基地での「不法戦闘員」に対する弁護人拒否です。
以前、「イラクの失敗」によって米国内に逆流、反動が起こるのが怖いとおっしゃっていましたよね。朝鮮戦争の時はマッカーシズム、ベトナム戦争の時は反体制運動の嵐が吹き荒れました。ベトナムが残したトラウマ(精神的外傷)は今回の選挙でもおぞましい形で露呈しました。「イラクの失敗」が米国の政治と社会を切り刻み、それが米国をさらに非寛容に向かわせるのではないかと心配です。
世界における米国の評判は4年前より格段に悪くなっています。多くの国で人々はテロリストより米国を脅威と見るようになりました。このままでは反米主義は21世紀世界の主要イデオロギーになりかねません。
それでも私は、米国が恐怖感と強迫観念に捕らわれた政治と外交からもっと自由になり、かつてのおおらかさと伸びやかさを取り戻す日が来ることを信じています。作家のジョン・ル・カレは、「本当のアメリカ人が戻ってくるまで待つ」と語っています。その気持ち、わかります。その昔、ニューイングランドの町に暮らした時にお世話になった、あの温かく、ユーモア好きの「本当のアメリカ人」のことを思い浮かべます。
私は、戦後の占領時代、米兵からチョコレートをもらった世代です。なぜか、チューインガムをかんだ記憶だけがうっすらと残っていますが……。当時、米国の乗用車の車種を描いた絵本があって、それを片手に東京・高樹町の街角に立って、向こうから来る車をアレは何、コレは何と当てることに熱中したものです。スチュードベーカーというメーカーの車が好きでした。ずいぶん後になってこの会社の社長だったポール・ホフマンという人がマーシャル・プランを実施する機関を率いたことや戦後の米国の財団の日本の文化、学術研究を推進したことを知りました。(ついでながら、横浜で行われた力道山とシャープ兄弟のプロレス試合を見に行った時は、力道山・遠藤組が負け、観客が荒れました。押し出されるように外に出ると米兵からホースで水をぶっかけられ、父とともに一目散に逃げたこともあります)
これまでの米国の魅力は何よりもソフトパワー(知的・文化力)にあったのだと思います。「ブッシュの米国」は、それを放り捨てたかのようです。ケリー氏が再び世界で尊敬される国になろうと国民に呼びかけたのも、ハードパワー(軍事力)による恐怖感で世界を統べるのではなく、ソフトパワーの躍動感で世界を潤す国へと出直そうという意味なのでしょう。
ただ、ソフトパワーとは、民主主義のにぎやかさとたくましさ、多様性と違いの尊重、対話と妥協の習慣があってこそ生まれる力です。今回、それらを取り戻す社会の復元力が試されているのだと思います。この選挙は、米国とは何か、を米国人自身が問い、答えを出す運命的な選挙となることでしょう。
ワシントンには30日に参ります。投票日の2日の夜、会食しようとの電子メールを頂きました。お会いするのを楽しみにしています。
謹んで y
(2004/10/28)
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