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ポリティカにっぽん
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早野透
本社コラムニスト
早野透
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「政治の論理」より「命の論理」

 「イラクに行って、何が起きているかを自分の目で見たい」と言って、アンマンからバグダッドに向かった香田証生さん(24)が武装グループに捕まって人質にされて殺されてしまった。

 イラクの治安が極度に悪化して、外国人人質殺害事件が相次いでいるときに、どうして彼は足を踏み入れてしまったのか、誰しも不審に思うところである。家族ならずとも痛恨の思いである。

 だが、彼の家族はいかにも心やさしい人たちのようである。母は「彼の名前の由来は『生きて証しするように』ということです。世界のために役立つことをできる子。きっと生きて帰って来ると信じている」と述べている。こんなひどい殺され方をした後で、この家族はみんなが心配してくれたことに「お礼と感謝」を述べ、「イラクの人たちに一日も早く平和が訪れますように」と祈っている。

 そんな家族の中で育った青年が人間の善意を信じて自らの危険を顧みなかったことはありうることだ。

 小泉首相はこんども「テロリストに屈するな」と言って「自衛隊撤退はしない」という方針を明言した。だが、昨年来、外交官2人、ジャーナリスト2人が殺されたのに続き、こんどの香田さん殺害を目の当たりにして、それだけでいいのかどうか。

 テロリストの脅迫を伴う要求を受け入れないというのはそれはそれで正義である。では、イラク戦争自体は正義なのかどうか。マイケル・ムーア監督の「華氏911」が描いているように、イラクはアメリカを一度も侵略したこともなく、アメリカの脅威になったことはなかった。

 それなのにアメリカが戦争を仕掛けたのは、大量破壊兵器があるからという理由である。それが見つからないのだから、この戦争は不正義である。国連決議がどうとか、イラクのそぶりが怪しかったとか、日本まで見苦しい言い逃れをするのはもうよしてほしい。大いなる不正義の中で、テロリストに屈するなという正義を言い張って意味があるのか。香田さんのような善意の青年まで無慈悲に殺されるのなら、イラクへの日本の関与の仕方を考え直そうよと言ってどこが悪いのか。

 新潟県の地震を見よ。ここには、崩れた岩に閉じこめられた坊やの小さな命をレスキュー隊が救い出した感動がある。山の村に取り残された闘牛の牛がこのままでは死んでしまう、かわいそうだと青年たちは決死隊を組んで村に戻って世話してきた。人間と動物の情愛がある。

 イラクの戦場の命も大地震に脅かされる命も、みんなかけがえのない命である。そろそろこざかしい政治の論理でなく、命の論理に立ち返るときではないか。

 無残な戦場の死体、巻き添えのイラク民衆の死体。「自分の魂を殺さなければ戦えない」と語る若い米兵。戦死者にはそれぞれの人生の物語があるはずなのに、きょうの死者は何人と一まとめの数字でくくられると「華氏911」は伝える。

 マイケル・ムーア自身が米議会の議員に「イラク戦争が正義なら、あなたの息子をイラクに派遣すれば」と突撃取材する場面がある。議員の子供でイラクに派遣されたのはたった1人、イラクで死んでいる米兵は貧しき人々の子供たちと語りかける。

 自分は安全地帯にいて若者に戦争に行けと命ずるのが、昔も今も変わらぬ政治権力の本性である。戦前の大ジャーナリスト長谷川如是閑が「戦争をするときは、政府指導者とその子弟から戦場に行ってもらえ」という「戦争絶滅受合法案」を紹介したことがある。それにならって、社民党の福島瑞穂党首が「戦争立法自己責任法」なる法案をつくることができないか、法制局に問い合わせた。

 返ってきた答えは「それは立法できません」ということだった。え、どうしてと聞けば、「日本国憲法は日本が戦争することを想定していません。戦争があることを前提とした法律をつくることは違憲になります」というわけだった。そうだった、日本はそういう国だったんだ。

 戦場の死者にもそれぞれの人生の物語がある。一人の命を慈しみ、大切に。それが私たちの国である。

(2004/11/02)








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