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ポリティカにっぽん
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早野透
本社コラムニスト
早野透
早野透
 
改革の灯 戦争の影

 土曜日の昼、NHKBSの「俳句王国」を見ていたらこんな句があった。

 行年(ゆくとし)を銀座のカフェの

 二階から

 年の瀬の街路の行き来を2階の窓から見下ろしている。今年も暮れる、みんな忙しそうに歩いているな、来年はどんな年になるのかなと感慨にふける。なかなかいい句だねと思ったけれど、披講の得点は入らなかった。俳句は簡単そうに見えて難しいねえと改めて思った。

 毎週火曜日掲載の「ポリティカにっぽん」のコラムを始めてから足かけ9年になる。かなりの長きに及んで、そろそろバトンタッチの潮時とも思われるので、今回をもって最終回としたい。9回目の年の瀬にあたって、激動の1年を振り返り、さかのぼって9年間の日本政治の変化を振り返ってみたい。題して「ポリティカにっぽんの見てきた時代」――。

 今年の「ポリティカにっぽん」のスクラップをたどってみると、元日の小泉首相の靖国神社参拝に驚かされ、その後はイラクへの自衛隊派遣、スペインでのテロ、4月の高遠菜穂子さんら日本人3人の人質事件……とイラク問題にまつわる穏やかならざるできごとが続いた。今年もいろいろあったなあ。そうだった、あのとき自己責任という言葉が飛び交った。

 太平洋戦争の開戦記念の12月8日、都内で開かれた「憲法行脚の会」の「ノーモア12・8の集い」で聞いた落合恵子さんの話を思い出す。落合さんは81歳のアルツハイマーの母親の介護にあたりながらイラクに思いをはせる。「かたわらの母の命は、イラクの遠い命と地続き」と。

 落合さんはそこから日本人人質事件を語る。

 「私の心に憤りとともに刻みつけられているのは自己責任という言葉。命がどうなるかわからない、つらい状況にいる人たちに自己責任という言葉を投げつける。自己責任という言葉が、誰かを切り捨てる言葉として使われる。それに軽々と乗ってしまう私たち……」

 殺される理由のない人が殺されようとしているのに、それはあなた自身の責任だよ、国に迷惑をかけるな、救出費用は自分で払えという、あの自己責任という言葉のあさましさ。そもそも戦争することがいけないのに、これがはやり言葉になるとは……。イラクでほんとに殺された橋田信介さんら2人のジャーナリストにはある覚悟はあったとはいえ、香田証生さんの「命」は日本政治に何ほども影響を与えなかった。

 「コイズミ時代」になってからというもの、日本政治はブームとバッシングの間を激しく揺れる。「自民党をぶっ壊す」という小泉ブームのころ、小泉首相の街頭演説を聴きにいけば、中年の女性や女子高生が多く詰めかけて「純ちゃーん」と手を振る。小泉人気が小泉政権をつくり、小泉政権を支えた。

 それから3年、小泉改革の夢がいささか褪(あ)せて7月の参院選で小泉自民党が岡田民主党に敗れるころになると、韓国ドラマ「冬のソナタ」が女性たちの心を広くとらえ始める。心に響く音楽、美しい風景、純愛物語は私もすてきだなと感じたが、どうも小泉ブームに飽きて「冬ソナ」ブームに転移した部分もあるようにも思える。

 ブームの裏返しがバッシングである。イラクの日本人人質への「自己責任」がそうだった。日本人の国民感情の振れが大きくて、片方で夢心地に盛り上がるかと思えば(それを悪いとはいわない)、もう片方でひどく人を痛めつけて人を切り捨てていく。それをわれわれマスコミが媒介して、ややもすれば煽(あお)り立てることにもなる。

 政治家の年金未納問題の追及の仕方は、あれでよかったのか。民主党代表の辞任を迫られた菅直人氏のケースなどは冷静に見れば役所のミスの要素の方が大きい。バッシングが過ぎ去ってみれば、あれだけ騒いだ年金問題の抜本改革は相変わらず手つかずのままである。

 険悪さを増している北朝鮮や中国との接し方はこれでいいのか。「こんなになめられていいのか」という憤りを折々聞くけれども、こうした言い方はやめたい。政治や外交の場では、相手への正当な批判、追及と感情のおもむくままのバッシングを分けて、自らの中で線を引く自制心と反省力をもたなければなるまい。「なめるな、やっちまえ」ということにならないように、よくよく留意すべき時期が来ているように思う。

 「コイズミという時代」になって強く感ずるのは、「改革」と「戦争」のアンサンブルである。何はともあれ自民党をぶっ壊すという宣言にこれまでの日本政治の停滞の打破を期待して、私も小泉首相の改革路線を基本的に支持してきた。しかし改革はあくまで改革であって、革命でも維新でも独裁でもないのだから、改革がさまざまな抵抗で必ずしも十分でないのもやむをえない。抵抗の中身には聞くべき内容もある。

 だが、私たち戦後世代は二度とあるはずがないと思っていた「戦争」のにおいが年々現実味を帯びてくるのはどうしたことか。むろん9・11の同時多発テロがあって、世界の空気が変わったことはあっただろう。それにしても、日米同盟が錦の御旗のごとくなって、朝鮮半島から東南アジア、カシミールからアフガニスタン、イラク、パレスチナまで「不安定の弧」への日米共同の対応をとりざたされるようになるとは……。

 つい先日、「政党政治の歴史に学ぶ会」という学者、政治家、ジャーナリストによる勉強会があって、そこで坂野潤治・東大名誉教授の著書「昭和史の決定的瞬間」(ちくま新書)を素材に議論した。この本は、1936年から37年(昭和11、12年)の日本政治を分析する中で、「改革」と「戦争」の関係について興味深い指摘をしている。

 すなわち、(1)そのころはまだ民主的言論があったこと(2)当時の陸軍につながる体制改革派は同時に国防を指向し、労働者階級の社会大衆党もこれに同調していたこと(3)軍部批判で著名な民政党の斎藤隆夫は案外、社会改良に冷淡だったこと――などの点をあげつつ、坂野さんは「構造改革の旗振り役の小泉首相が自衛隊の派遣に一番熱心なのは当時を想起させる」「いわゆる抵抗勢力が自衛隊のイラク派遣に反対している姿は約70年前の斎藤隆夫と類似している」と述べている。

 待てよ、であれば「改革」はむしろ「戦争」と親近性があるということか。もしそうだとすれば、私が小泉さんの「改革」を支持しながら「戦争」を批判するのは成り立たないことにもなる。それは困る。それならば私もまた「改革」を捨てても「戦争」を阻む側にくみしたい。と思って坂野さんに聞くと、「改革はロマンの世界だからね」と答えた。そうか、改革もロマンならば、戦争もまたロマンの延長ということなのだろう。昭和史に学ぶならば、改革の旗にはよくよく気をつけよということか。

 「コイズミという時代」がひとつはブームとバッシングで揺れる世論、もう一つ「改革」と「戦争」のアンサンブルという2点で特徴づけられるとすれば、今年出たもう一つの「昭和史」(平凡社)の著者半藤一利さんの話にも耳を傾けなければならない。彼は「日本人はなぜ戦争をするのか」という答えを歴史に求めてこう言っている。

 「第一に国民的熱狂をつくってはいけない。その国民的熱狂に流されてはいけない。ひとことでいえば時の勢いに駆り立てられてはいけない」

 「二番目は、日本人は抽象的な観念論を好み、具体的理性的な方法論を検討しようとしない」……。

 戦前、日本の新聞がにわかに「戦争」に加担していったのは、31(昭和6)年の満州事変がきっかけだった。これが日本軍の陰謀であることはうすうす感じていたのに、わが生命線「満蒙」の権益が侵犯され、忍べるだけ忍んできた日本の我慢も限度があると「戦争」の熱狂を盛り上げた。各新聞はそれぞれ多数の特派員を派遣して部数の拡大を競ったのだった。くどいようだけれど、そんな戦前の愚を二度と繰り返してはいけない、どうもへたをすると繰り返しそうだ、それが「ポリティカにっぽん」で心配してきたことである。

 くどいついでに今年出たもう一つの本に触れたい。「りぼん・ぷろじぇくと」という仲間たちがつくった絵本「戦争のつくりかた」(マガジンハウス)である。かいつまんでいうと。

 わたしたちの国は60年ちかく前、「戦争しない」と決めました。しかしわたしたちの国を守るだけだった自衛隊が武器をもってよその国にでかけるようになる。攻められそうだったら、先にこっちから攻めるというようになる。

 戦争のことはほんの何人かの政府の人たちで決めていいというきまりをつくる。テレビや新聞は政府が発表した通りのことを言うようになる。学校では、いい国民はなにをしなければならないかを教わります。だれかのことをいい国民ではない人かもと思ったら、おまわりさんに知らせます。おまわりさんは、いい国民でないかもしれない人をつかまえます……。

 最近、反戦ビラを配った人が捕まったりするのを見ていると、どうも本の通りに進んでいるなと思わざるをえない。で、本は結び近くにこう書いている。

 人のいのちが世の中で一番たいせつだと、今まで教わってきたのは間違いになりました。一番たいせつなのは、「国」になったのです。

 そんなことにならないように祈ってペンを置きたい。

   ◇

 ともに9年 読者に感謝

 11月23日付のポリティカにっぽん「日本の山が腐っている!」で、私が「1本の割(わ)り箸(ばし)」と題する歌詞をつづって「だれか曲をつけてくれないかな」と書きましたら、藤野カヨさん、梶野靖夫さん、山田哲也さんの3人が作曲してくださいました。

 とりわけ歌手の藤野さんは「よみがえれ木漏れ日の森よ」など歌詞を美しく補っていただいたうえ、美しい声でCD(ピアノ水野久美、編曲とだまきこ)に吹き込んでくださいました。これから山と森を守る運動の仲間に聞いてもらおうと思います。

 9年のコラムを通じて、たくさんの読者からお便りをいただきました。とくに戦争体験をよせてくださった方々、ありがとうございます。なかなかご返事を書けませんでしたが、心をともにできたことを感謝しています。

(2004/12/28)








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