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風考計
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若宮啓文
論説主幹
筆者からひとこと
 
国旗国歌と憲法 君が代に2番加えていたら

 自衛隊のイラク派遣や卒業・入学シーズンで「日の丸・君が代」が目立つこのごろだ。東京の都立校などでは国旗国歌の強制をめぐって今年もトラブルがあった。

 ニューヨークの世界貿易センタービルが襲われた01年の「9・11」直後、米国にいて感じたことを思い出す。家の玄関に、アパートの窓に、車の屋根に、オフィスに、そしてテレビに星条旗があふれたことだ。国歌も繰り返し流されたものである。

 その熱気がイラク戦争にもつながったことはさておき、当時私が考えさせられたのはむしろ日本のことだった。同じような惨事があったとき、果たして日の丸・君が代が国中にあふれるだろうか――。

 試しに何人もの日本人に聞いてみたら、ほぼ一様に「そうはならないでしょう」との答え。「あふれたら、ちょっと気味が悪い」という人もいた。

 決して国旗国歌に反対の人たちではない。むしろ五輪やサッカーのワールドカップの応援で日の丸があふれることには抵抗がないという人が多い。なのに、なぜなのだろう。

 それは、戦後60年近くにして、いまなお国民の気持ちに戦争当時の暗いイメージが潜んでいるからではないか。出征、学徒出陣、特攻隊……そうした風景に日の丸・君が代があふれていたことは、戦後世代の人々も映像を通じてよく知っている。星条旗に「民主主義」や「自由」の理念を重ね合わせる戦勝国とはそこが違う。

 それでも私の記憶では、戦後かなりの間、祝日に日の丸を掲げる家が多かった。町の家々からだんだん日の丸が消えたのは、世代交代や戦後教育と無関係ではあるまい。

 まして君が代は戦前、「天皇陛下の御代(みよ)が代々に栄えますように」という意味だと教えられた。世の中が変わって、抵抗感や違和感をもつ人が増えたのは仕方ないことだった。国旗国歌の法制化(99年)には、そうした危機感もあったのだろう。

◇    ◇    ◇    ◇

 法制化をきっかけに、国旗国歌を学校の儀式で重んじる動きが全国で進んだ。国旗も国歌も国家の大事なシンボルであり、法制化された以上は当然、ということだろう。それは、理のないことでもない。

 だが、国家のシンボルが大事だというのなら、日本国憲法はどうなのか。国旗掲揚や国歌斉唱のルールに一番うるさい東京都では、トップの石原慎太郎知事が「憲法の拘束もへちまもない」などと、しばしば挑戦的な発言で憲法をこきおろす。好き嫌いは自由だが、法制化どころかあらゆる法律の上位にあるはずの憲法が、ずいぶん粗末に扱われているではないか。

 思うに、国家にはふつう四つのシンボルがある。国旗、国歌、国家元首、そして憲法だ。天皇が元首的存在だとすれば、日本では四つのうち三つは過去からの継続であり、憲法だけが戦後生まれ変わった。三つが日本の伝統や歴史、文化などを象徴するなら、民主主義や平和、人権など戦後的な価値を盛り込んだのが憲法だ。

 いわば、右手に古来のシンボルをもち、左手には新しいシンボルをもつ。それが戦後日本の姿だった。そして、この両手がとかく反発し合ってきたのではなかったか。

 右手が大好きな人は、憲法が愛国的でないなどと嫌って改憲を唱える。左手が大好きの人は、国旗国歌が復古的だと背を向けがちだ。憲法で「国民統合の象徴」とされた天皇を別にすれば、自国のシンボルにこれほどズレがある国も珍しい。なるほど、日本人のアイデンティティーが生まれにくかったわけだ。

◇    ◇    ◇    ◇

 同じ敗戦国のドイツではどうだったか。ナチスが使ったカギ十字の国旗は戦後すぐ廃棄され、ワイマール共和国の国旗が復活した。これはあまり参考にならない。

 一方、国歌の方はナチス時代にもワイマール時代と同じものを使っていたため、曲折を経てこれが生き残った。君が代のケースと似ているが、歌詞は「ドイツ、ドイツ、すべてにまさるドイツ」といった調子の1、2番を避け、3番だけを歌うことにした。以後、国旗国歌の論争はないという。

 ……そうか、それならせめて戦後、君が代に新たな「2番」を加える手もあった。「民が代」でも「我等(われら)が代」でもいい、そんな2番があれば「新生日本」との調和が図りやすかっただろうに。いまだに続く不毛の対立に、ついそんなことを考えてしまう。

 もはや21世紀である。日本社会も国際情勢も、60年前とはすっかり変わった。そろそろ両手を近づけて、新たな日本のアイデンティティーを求める時期にきているのかもしれない。

 その意味で、憲法論議が多様に行われるようになったのは分かるのだが、ならば左手だけでなく、右手にも柔軟さがほしい。国旗国歌の強制や首相の靖国神社参拝など、右手をさらに右へと伸ばすようでは、左手だっておいそれと動けないではないか。つくづくもどかしさが募る昨今である。

 (2004/03/28)








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