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平成も15年目の半分が過ぎ、大正の長さをわずかに超した。いまや「昭和も遠くなりにけり」というところだが、近ごろ感じるのは、むしろ「戦後も遠くなりにけり」ということだ。
冷戦の終わりとともに始まった波乱の平成時代に、権威を失ったり破綻(はたん)したりしたものは数多い。政治家、官僚、外交官、銀行、大企業……。中で違うものがあるとすれば、来年創立50年を迎える自衛隊ではないか。
この間、周辺事態法で日米同盟の中身が広がり、今年はついに有事法制もできた。世界各地の国連平和維持活動(PKO)にも加わり、海外での実績も積んできた。加えていまは自衛艦がインド洋に出向き、対テロ戦争を続ける米艦などに給油のサービス中。次は、戦火のくすぶるイラクにまで派遣するのだという。
個々の評価はさておき、どれもこれも軍国主義の悲惨な結末から出発した「戦後日本」では考えにくかったことばかり。自衛隊は日陰者どころか、すっかり日なたの存在になった。
冷戦の重しがとれた中、イラクや北朝鮮といった厄介な国が自衛隊を後押ししたのは間違いない。PKOへの参加は湾岸戦争後に日本の国際貢献が問われたのがきっかけだし、有事法制は北朝鮮の脅威があればこそだった。
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我々の社会を守るため、まさかの時は身を賭して働くことになる自衛隊が、日陰者であってよいはずはない。健全な誇りなしに、防衛などという仕事はおぼつかない。
しかし、もちろん日当たりがよければそれでよし、というわけにはいかない。戦前の日本軍のような暴走はもちろん、自衛隊が世界の平和を乱すような存在になることは、万に一つもあってはならないからだ。
その意味でも、超軍事大国として突出ぶりが目立つ米国への協力の仕方は大いに気になるのだが、もう一つ気にしておくべきは、日本軍の記憶がいまだに残るアジア諸国の目であろう。昨今の政治は、そのことに無神経でありすぎる。
過去の歴史をめぐる一部政治家の粗雑な発言は論外として、森首相が「神の国」発言で驚かせたと思ったら、小泉首相は靖国神社の参拝を復活させてしまう。その首相が「自衛隊は軍隊」と言い放ち、防衛庁長官は北朝鮮への先制攻撃論まで唱え出す。
おまけに有事法制のあとは「昭和の日」とくれば、隣国から不気味に思われても不思議でない。6月に来日した韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が国会演説で日本の安保論議や改憲論に触れ、「疑惑と不安の目で見守っている」と踏み込んだのも、そんな気分からだろう。
この点、90年代には首相たちの配慮が目についた。例えば宮沢政権は初めて自衛隊をカンボジアPKOに出した92年秋、右派の反対を押し切って天皇陛下の訪中を実現させた。過去に大きな区切りをつける旅である。
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翌年夏に登場した細川首相は、韓国で「創氏改名」などの事実を挙げ、植民地支配を謝った。韓国民の琴線に触れた言葉として今に伝えられる。
村山首相は戦後50年にあたる95年8月15日、首相談話を出して植民地支配や侵略を「国策の誤り」と断言。アジアに「反省」と「謝罪」をはっきり表すことで、けじめの決定版とした。98年、日韓共同宣言に同じ表現を盛り込み、金大中(キムデジュン)大統領から「和解」の言葉を引き出したのは小渕首相だった。
自衛隊が日なたに出ていくについては、こうした謙虚さがセットになっていた。同じ過ちは二度と起こさない、というメッセージである。
実は昨年9月の小泉首相の訪朝には、過去に最後のけじめをつけようという狙いも込められていた。だが、それが頓挫したいま、勇ましい発言がもてはやされる空気もあいまって、これまで積み上げてきたものまで壊しかねない危うさが浮き上がる。
日韓関係は昨年のサッカー・ワールドカップ共催で救われたようなものの、日中間では靖国問題がネックになり、国交正常化30年の昨年も、平和友好条約25周年の今年も、首脳の相互訪問すらできずにいる。北朝鮮の核問題が抜き差しならない共通課題だというときに、中国との対話がぎこちないのは不幸なことだ。
小泉氏はブッシュ大統領との親密さが売り物だ。しかし親しい友は多い方がよい。せめてアジアのことぐらい東洋の指導者たちと腹を合わせてこそ、米国からも一目置かれるはずだ。
現実はといえば、アジアに真の友がいない分だけブッシュ頼みに拍車がかかる、とはいえまいか。しかも、そのブッシュ氏の流儀に世界が危うさを感じているとあれば……やはり外交は一本調子でない方がよい。
(2003/07/20)
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