イラク派遣。有事法制の仕上げ。震災での活躍。そして創立50年。今年の主役はつくづく自衛隊だったなあと思いつつ、先月7日に行われた自衛隊の観閲式を見に行った。
私にとっては、79年に「25周年」の観閲式を取材して以来という感慨もあったのだが、閲兵を終えた小泉首相のあいさつは自衛隊の冬の時代を振り返って興味深かった。
「自衛隊50年の道のりは、平坦(へいたん)なものではありませんでした。旧軍の復活ではないかと中傷を受けました。その後も……」。自衛隊に違憲判決が下されたこと、自衛官の募集作業を拒否する自治体があったこと、隊員が夜間大学への入学を拒まれたことなどを、首相は次々に挙げた。
なるほど、道は平坦でなかった。旧軍復活の警戒感は国民に強く、憲法9条との関係も鋭く問われたものだ。自衛隊創立から間もない54年7月、朝日新聞は「演習に行ったり、町に外出すれば『税金ドロボウ』『雇兵』といったののしり言葉が追いかけてきたりする」と隊員の苦境を書いている。
それも今は昔の物語。この夏、AERAの臨時増刊号で自衛隊幹部らが口々にこう語っていた。制服で東京の地下鉄に乗ってもすっかり気にならなくなった。イラク派遣の反対論も、多くは自衛官の安全を心配すればこそなのは感慨深い……などと。
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そんな中で、耳を疑うニュースもあった。自民党の憲法改正案起草委員長をする中谷元氏に頼まれて、現役の陸上自衛隊幹部が憲法改正の草案をつくったというのだ。
流出した作成者名入りの草案のコピーを見ると、中心はこんな条文だ。
第○条 日本国は、国の防衛のために軍隊を設置する。(陸海空軍を置く。)
2 軍隊は、我が国の防衛及び前条の規定に基づき行動したときは、 集団的自衛権を行使することができ る。
3 軍隊の任務、編成・装備及び行動・権限は、法律で定める。
4 軍人の身分は、法律で定める。
ああ、やっぱりそうか、名実ともに軍隊になり、軍人と名乗るのが自衛官の悲願なのか。条文にはそんな気持ちがあふれている。私など、せっかく定着した自衛隊にとってそれがプラスだとは思わないのだが、問題の深刻さは草案の中身より前にある。
自衛官がどんな政治信条を持とうと自由だが、政治への関与は厳に慎むのが基本ルールである。軍部が政治を牛耳った戦前を持ち出すのは大げさにせよ、自衛隊とて圧倒的な軍事組織に違いはない。その分、厳しい制約がなければ危ういということだ。
今度のようなことが、かつてありえたか。ふと思い出して、防衛庁長官と自民党憲法調査会長を務めた政治家OBの栗原祐幸氏に聞いてみると、とんでもないという。「自衛官の意見を聞きたければ、呼んで聴取すればいいだけのこと。憲法草案を作らせるなど、政治家の不見識も甚だしい」
その通りである。だが、頼んだ中谷氏も実は自衛隊の出身で、防衛庁長官も経験している。草案は、中谷案として党内で配られたというから何ともはやだ。自衛官の処分は甘かったが、政治と自衛隊、けじめのなさまで様変わりなら鈍感すぎる。
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26年前の事件が思い出される。
栗栖弘臣統幕議長が有事法制の不備を批判して「いざという時、自衛隊が超法規的行動に出ることはありうる」と述べたのだ。大騒ぎになった末、時の金丸信防衛庁長官は「文民統制に反する」と許さず、栗栖氏を更迭した。刺激的な発言で世論に訴える政治性が許せなかったのだろう。
因縁の有事法制も、時を経てついに整った。国際情勢の変化に加え、自衛隊の信頼感が増せばこそだろう。かつて反対した我が朝日新聞も、社説で基本的に同意した。自衛隊50年、大きな変化のひとつである。
それにつけても、あきれた事件がもうひとつあった。東京都立川市でのこと。市民団体の3人が防衛庁官舎の郵便受けに自衛隊イラク派遣反対のビラを入れただけで逮捕され、75日も勾留(こうりゅう)された一件である。
住居侵入とはいえ、宣伝ビラ横行の時代にこの狙い撃ちは常識を超えているが、同じころ、イラクで人質になった日本人を「反日的分子」と呼んだ自民党議員もいた。人質が自衛隊の派遣に反対だったことをやり玉に挙げたのだ。有事法制と一緒にこんな空気まで生まれるならとんでもない。
年末、東京地裁八王子支部がビラ入れの3人を「無罪」とし、警察の行き過ぎた取り締まりを戒めたのは朗報だった。自衛隊が大事にされる時代、このバランスがなければ暗くなる。
有事のとき国民が自衛隊に協力するのは、戦前のような国家をつくるためではない。自衛隊も警察も、強い力や権限をもてばこそ、そのことだけはゆめゆめ誤解してくださるな。