韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領はドイツが大好きなようだ。2週間ほど前、ベルリンを訪問した折も、「ドイツの過去の清算を尊敬しています」「良心と勇気、実践によって信頼を回復しました」と褒めちぎった。
日本とともに国連安保理の常任理事国入りを目指すドイツへの、手放しの賛美。それに引き換え……と日本に問いかけるかのようだった。
同じころ中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相は、かつての宿敵・インドを訪問。国境争いにけりをつけるよう首脳会談で合意し、共同声明にこううたった。
「中国は、国連と国際社会で積極的な役割を果たしたいというインドの希望を理解し、支持する」
やはり常任理事国に意欲を燃やすインドへの、これ見よがしのサービスである。中国国内では激しい反日デモ。温首相は記者会見で「アジアの人々の強い反応は、日本政府に深い反省を促すだろう」と言ってのけた。
インドはともかく、同じ敗戦国ドイツの身の処し方は、何かにつけて日本と比べられる。少し前、一緒に食事した韓国の外交官もそうだった。
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1970年12月、ワルシャワを訪れてポーランドと国交正常化に及んだ西独のブラント首相は、ユダヤ人居住区跡を訪ねると、慰霊碑の前にひざまずき、頭(こうべ)を垂れた。「ドイツの謝罪」として世界に知られるその姿は、彼の目にも焼き付いているという。
ドイツ降伏から40周年の85年5月、ヒトラーの蛮行を正面から批判したワイツゼッカー大統領の演説も、次の一節とともに語り継がれている。
「私たちはみな過去を受け入れなければなりません……過去の前に目を閉じる者は、現在についても盲目になるのです」
こうして謝罪の姿を印象づけてきたドイツは、いま近隣国から指弾されることがない。日本もそうあってほしいと、かの外交官は言うのだった。
私もそう思う。ただし、ドイツがはっきり謝ってきたのは、ユダヤ民族の抹殺という人類史上まれな行為に対してである。しかも、すべてをナチスの罪として葬り去ることができた。日本とはいささか条件が異なる。
私はそんな見方も紹介して少し水を差したのだが、彼は「潔さは見習うべきだ」と言うばかりだった。
戦後60年の今年、国連も創立60年を迎えて改革機運が高まる。日本の常任理事国入りもそれ次第なのだが、二つの隣国から待ったがかかった。とりわけ、常任理事国として拒否権をもつ中国は無視できない。
国連への日本の貢献を考えれば、無理な希望とも思えないが、よく考えれば国連とはもともと日独伊と戦った戦勝国がつくったもの。常任理事国はその中核だけに、ドイツや日本が入るなら、それなりの作法が求められても仕方ない。あっさり日本に特権を渡すまいとライバル心に火がついて、歴史認識が格好の理由にされたのだろう。
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いや、実は日本だって、歴代首相がずいぶん謝ってきた。とりわけ10年前の戦後50年に出された村山首相の談話は、その決定版だといえる。
「わが国は……植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。……痛切な反省の意を表し、心からのお詫(わ)びの気持ちを表明いたします」
なかなか潔い謝罪ではないか。
22日にバンドン会議50周年の首脳会議で演説した小泉首相はこの談話を引用し、反日ムードの抑えに努めた。
では、これまで村山談話が決定打にならなかったのはなぜなのか。
ブラント氏のような視覚への訴えがなかったからか。ワイツゼッカー氏ほどに心を打つフレーズがなかったからか。いや、致命的なのは、これを打ち消すような言動が国内に次々と現れ、その効果をかき消してしまったことだろう。
逆に、視覚を刺激したのは、紋付き袴(はかま)で靖国神社を参拝する小泉首相の姿である。神社には軍国主義や侵略に責任を負うA級戦犯処刑者たちもまつられているとあれば、小泉氏の意図はどうであれ、振りまかれるのはドイツと正反対の印象である。ナチスの断罪を徹底してきたドイツの作法がうまかったとすれば、日本のそれは余りに下手だった。
いま隣国のナショナリズムは日本よりも強烈だ。浮き上がる「反日」には確かに多くの国内矛盾も反映されている。「愛国無罪」の暴走がまかり通った中国の内情は、将来にわたって日本を悩ませていくに違いない。
しかし、だからこそ言うべきことは言いつつ、相手の気持ちをどうほぐすか、そこは日本の知恵と度量が問われているのではないか。
昨年秋、日本が常任理事国に手を挙げた際、あうんの呼吸で中国の支持をとりつける道もあったはずである。例えばこれを機に、アジアの人々も納得するような戦没者慰霊を考える、そんな潔さの演出によって……。
村山談話をなぞるのはいい。だが小泉さん、いまはそれを超える演出を考えるときだろう。