写真アーカイブ(1)貴重な写真資源の保存と活用

 朝日新聞社が所蔵する戦前・戦中・戦後の約2千万カットの写真資源を永久保存し、デジタル化を推進します。後世への貴重な写真遺産と位置づけ、広く活用していきます。

 所蔵しているものの中には、日露戦争など外国の様子、検閲の跡が残る戦前・戦中の紙焼き写真、広島・長崎の被爆直後のネガフィルム、ガラス乾板の明仁皇太子(現天皇陛下)など、航空写真や海外での撮影を含む歴史的資料も多くあります。新聞紙面がモノクロの時代に撮影された雑誌向けのカラー写真も、「昭和」を活写して今に伝えています。

 現在、所蔵写真は、紙焼き、フィルム、ガラス乾板などの形で保管されていますが、劣化が進み、保存対策を迫られています。並行して、写真の整理やデジタル化を推進し、学究面や歴史検証などに貢献する一大「フォトアーカイブ」の構築を目指します。

朝日新聞フォトアーカイブ

写真(1)
写真(2)

(写真1)中国戦線の慰問に派遣された「わらわし隊」の写真には機上の人や機銃の照準器に「トル」の修正指示がある
(写真2)劣化が進み溶けてしまったネガフィルム。保管状態が悪いと、貴重な画像が永久に失われてしまう

写真(3)
写真(4)

(写真3)1945年8月10~11日に朝日新聞大阪写真部のカメラマンが撮影した原爆投下直後の広島県産業奨励館(原爆ドーム)。ネガフィルムを高精細で再スキャンして修復
(写真4)ガラス乾板のクリーニング。ガラス板に写った画像を良好な状態で保管するためには手入れが欠かせない

(写真5)朝日新聞が保管するガラス乾板。昭和初期の富士山の航空写真や舞妓さんの姿が残されている

写真(6)
写真(7)

(写真6)1940年4月10日、学習院初等科に登校する明仁皇太子(現在の天皇陛下)。ガラス乾板に残された1枚
(写真7)1959年5月、田町電車区に並んだ新国鉄カラーの電車群。新聞写真がモノクロだった時代にアサヒグラフに掲載されたカラー写真も、フィルムからのデジタル化が進む

写真(8)
写真(9)

(写真8)表=1936年の2・26事件で、反乱部隊に一時占拠された警視庁
(写真9)裏=裏面には「掲載不可」「禁止」の書き込みがあり、昭和11年2月28日の大阪朝日写真部の保存印が押されている

 

写真アーカイブ(2)歴史的写真への位置情報の付与

 東京本社には、撮影場所や方角が分かっている戦前~昭和50年代の写真(デジタル化済み)を5万枚所蔵しています。これは新聞社ならではの貴重な「情報」です。このうち、東京、横浜の約8千枚を地図とセットにして、地図データをもとに位置情報を付与し、IT機器で様々な用途に活用できるようにします。

 タブレットやスマホの地図アプリと組み合わせて、現在と過去の景色を見比べることもできるようになります。2020年の東京五輪に向けて、観光客向けのサービスにつながることも想定しています。


(写真左)銀座・数寄屋橋 (2017年撮影) 外濠は埋め立てられ、現在は東京高速道路が走る
(写真右)銀座・数寄屋橋 (1948年撮影) 数寄屋橋交差点付近。外濠にかかる橋は手前から丸之内橋、新有楽橋、有楽橋、鍛冶橋

 

北海道150年

 蝦夷地が「北海道」と命名されて2018年で150年目となります。
 朝日新聞社は北海道博物館や開局50周年のHTB北海道テレビ放送などと連携した多彩な記念イベントを開き、紙面や番組と連動させます。

 シンポジウムは10月13日(土)、さっぽろ創世スクエアで。ノンフィクション作家保阪正康氏の講演やパネル討論で北海道の過去と未来を考えます。北海道の「名付け親」松浦武四郎が蝦夷地調査でたどったルートのウオーキング企画や「朝日新聞×HTB あなたと選ぶ重大ニュース」の発表、作家で道立文学館館長の池澤夏樹さんが「北海道150年」ゆかりの地などを訪ねる企画もあります。

朝日新聞×HTB 北海道150年 あなたと選ぶ重大ニュース

朝日新聞デジタル北海道地域面特集「あなたと選ぶ北海道重大ニュース」

 

伊勢湾台風から60年

 東海地方に甚大な被害をもたらした1959年の伊勢湾台風から来年19年で60年。その教訓に再び光をあてます。

 大規模水害防止をテーマにした防災シンポジウムを、来年夏に名古屋市で開催します。また、シンポに向けて紙面やデジタルで様々な企画も展開します。伊勢湾台風クラスの大型台風が襲来した時の被災予測や、地元企業に学ぶ当時の教訓や現在の防災対策など、多角的な災害報道を目指します。

 伊勢湾台風は1959(昭和34)年9月26日から27日にかけて、愛知、三重両県を中心に死者・行方不明者5,098人に上りました。戦後最悪の台風災害とされ、災害対策基本法(61年)制定の契機にもなりました。

(写真 左)  伊勢湾台風で浸水後、翌日になっても水が引かない愛知県の半田市内、朝日新聞社機から=1959年9月27日
(写真 中央) 泥水は退いても、通りはいたるところ倒壊家屋や家具などの残がいが山積した=1959年10月15日、名古屋市南区で
(写真 右) 「足もとに水がきてから首の高さにくるまで、5分とかからなかった」という伊勢湾台風の浸水現場=1959年10月3日、名古屋市港区で

 

横浜市のニュースパークで写真展
「よみがえる沖縄1935」を開催

 企画写真展「よみがえる沖縄1935」を、3月31日から横浜市中区日本大通のニュースパーク(日本新聞博物館)で開催しています。

 沖縄戦に巻き込まれる前の1935年に、朝日新聞記者が沖縄各地で撮影した写真のネガ277コマが昨年、朝日新聞大阪本社で見つかり、デジタル化されました。

 今回はその中から厳選した約100枚を展示。人工知能(AI)技術と、当時を知る人たちの記憶にもとづいてカラー化された写真も含まれます。

 朝日新聞・沖縄タイムスの共同取材によって、戦火で失われた「83年前の沖縄」がよみがえります。

 

  • ◆ 開催概要 ◆
  • 【主 催】 日本新聞博物館、朝日新聞社、沖縄タイムス社
  • 【会 期】 3月31日~7月1日。月曜休館(月曜が祝日または振替休日のときは次の平日)
  • 【入館料】 一般400円、大学生300円、高校生200円、中学生以下は無料。
  • 【催 し】 4月15日 13時半~ ギャラリートーク「ネガ発見秘話と記者たちの思い」
          5月26日、6月23日いずれも14時~ ワークショップ「人工知能を使った『記憶の解凍』」
  • 【お問い合わせ】 ニュースパーク (045-661-2040)

 

ニュースパーク(日本新聞博物館) ホームページ

朝日新聞デジタル 「沖縄1935 写真でよみがえる戦前」

(写真 1) 「降り出した雨」
(写真 2) 「赤い屋根」

(写真 1) 降り出した雨で、傘や雨具を広げる県立第三高等女学校の生徒たち
(写真 2) 糸満中心部、標高約20メートルの石灰岩の丘・山巓毛(さんてぃんもう)から北西を見て撮影された町並み
※首都大学東京・渡邉英徳研究室(渡邊氏は4月1日より東京大学大学院情報学環教授)によってカラー化された『降り出した雨』と『赤い屋根』。カラー化にあたっては、早稲田大学・石川博教授らの研究グループが開発した人工知能(AI)を使った自動色づけ技術などが活用されました。

(写真 3)
(写真 4)

(写真 3) 麦わら帽をかぶり、長いダツなどの魚を運ぶ漁師 ※(写真 4) 漁から帰る夫を待つ妻たち。

(写真 5)
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(写真 5) 那覇―糸満間の約9キロを走った「軌道馬車」