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小原篤のアニマゲ丼

触手が動いちゃいけませんか?

2007年11月26日

 それはある朝のことでした。朝食後に新聞を読んでいると、ユダヤ人団体がエルサレムの土地買収を進めているという国際面の記事に、「触手を伸ばしている」との文言が。思わずプッとふき出しました。「食指じゃないの? 誤用じゃん」

表紙

「触手姫」(キルタイムコミュニケーション刊)。書籍のネットショップで「触手」と検索したら、このマンガがトップに出てきました

 しかしこれは普通の言い方。「ああそうか、『触手が動く』だったら『食指が動く』の間違いだよね」。私はそう思っていました。

 しかし「触手が動く」も、実は正しい使い方。調べてみたら、ちゃんと広辞苑に載っていたのです。なんてったって広辞苑です。

 「触手が動く」=野心を持ち、何かに働きかけようとする気持が起る(98年発行・第五版)。ちなみに「触手を伸ばす」=「野心をいだいて徐々に行動にうつす」、「食指が動く」=「食欲が起る。転じて、物事を求める心が起る」。91年発行の第四版でも同じでした。

 ええっ、そんな! 信じられない私は会社の資料室へ駆け込み、全13巻ある小学館「日本国語大辞典」(01年発行・第二版)を開きました。「触手が動く」=「ある物事に働きかけようとする気持ちがおこる。野心がおこる」

 こうなりゃ意地です。84年以降の弊紙の記事を検索できるデータベースにアクセス、「触手が動く」「触手を動かす」の用例を調べました。「触手が動」で検索すると8件、「触手を動」で12件がヒット。アンコウやクラゲなど生き物の「触手」の記事をのぞくと、計15件で「触手が動く」「触手を動かす」が使われていました。文脈上「食指」と書いた方がよいと思われるものもありましたが。

 それらの記事を、「誤用」と思うものも含めて三つほどプリントアウトし、同僚に見せてみました。T君(30代、妻子あり)は「違和感? ありませんね」。Nデスク(40代、妻子あり)は「別にヘンじゃないんじゃない?」。でもこの文章は「食指」とすべきなのでは? 「あー、そうか。そう言われるとそうですねえ」

 ちなみに弊紙記者必携の「朝日新聞の用語の手引」(市販もしています)では、「触手を動かす」は誤用で、「食指を動かす」か「触手を伸ばす」とせよ、としています。あれ?広辞苑と違ってる。

 さて、なんで「触手」と「食指」が本コラム「アニマゲ丼」のネタになるかというと、アニメやマンガやゲームに日々接している人の中に、「触手」という言葉の使い方を気にする方が結構いるからです。例えばこんな風に。

 「いや、レアもののフィギュア見つけてさ、思わず触手が動いて」

 「お前それ『食指が動く』だろ、エロゲーやりすぎ」

 エロゲー(アダルトゲーム)、エロマンガ、アダルトアニメには、いたいけな少女やグラマーなおねえちゃんが怪物の触手にいたぶられるパターン、いわゆる「触手もの」というジャンルがあるのです。つまりうかつに「触手」を使うと、オマエハソウイウ物ガ好キナノカと思われるわけで。

 でも社内リサーチ(サンプルは2人ですが)によると、普通の人は気にしていないみたい。こだわるのは、ヘンなものが好きだと思われたくないオタクだけ?

 と、こんな文章を書き、あまつさえ「触手を伸ばす」という普通の表現にすら違和感を抱いてしまった私ですが、決して「触手もの」が好きなわけではありません。

 違います。違いますったら違います。

プロフィール

小原 篤(おはら・あつし)
1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。07年からデジタルメディア本部WEB編成セクションに在籍、アサヒ・コム「コミミ口コミ」欄でアニメ記事などを発信中。

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