現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>小原篤のアニマゲ丼> 記事 空飛ぶアニメ記者2008年03月24日 あれは02年7月下旬のこと、私は所属する学芸部(当時)のM部長に呼ばれました。
「9月から福岡に行ってもらいます」。東京からの異動の内示です。弊社ではだいたい3〜4年ごとに異動させられることが多いので、「そろそろかも」とは思っていました。しかし、驚いたのはM部長の次の一言。 「アニマゲDONは引き続きやってもらうから」 99年1月から東京本社版の夕刊で毎月1回連載していたアニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を、私はほとんど独りで担当していましたが、福岡に行った後もそれをやれという話です。 東京じゃなきゃ取材できませんけど、出張に来いってこと? でも毎月ですよ? 九州の紙面には載ってないページを九州の記者が作っていいんですか? ページがなくなるのも担当じゃなくなるのもイヤですからそりゃ願ったりかなったりですけど、私の意向とかは(形式的にでも)聞いてくれないんですか? 「できるか?」とか「構わないか?」とか「いいな?」とか…。 といった声が一瞬のうちに脳内に湧き上がりましたが、1.5秒後(たぶん)私はキッパリと答えました。 「わかりました」 というわけで、飛行機に乗って取材に行く、空飛ぶアニメ記者が誕生しました。だいたい、新聞にアニメやら何やらだけのページがあること自体かなり不思議な気がするのに、私が言うのも何ですがそんなものを飛行機で出張して取材するなんて、自分の身に起こった事ながらどうも現実離れした話です。 取材相手に名刺を渡し「福岡から来まして」と言うと、「エッ?」と目をむいて名刺を凝視。「この取材で?」「ええ、飛行機で」「はぁ…」などというやりとりがよくありました。 ありがたいことに会社は福岡駅前にあり、空港へは地下鉄で2駅と交通至便。フライト時刻の35分前にまだ自席にいた、なんてこともありました(反省しています)。福岡空港から羽田到着まで2時間弱。これなら日帰り出張も可能です(実際、何度かしました)。1回の出張でなるべく多くのネタを仕込もうと、早めに企画を決めまとめてアポを取る努力はしましたが、出張3回という月が続いたことも。 あるアニメ関係の知人に2週続けて出くわした時には、こうからかわれました。 「小原さん、東京に引っ越して福岡に出張に行ったら?」 福岡勤務は思いのほか早く終わり、翌03年10月には東京に戻りました。これにて空飛ぶアニメ記者はお終い。ちなみに「アニマゲDON」もお終い。この10月、4年10ヶ月続いたアニマゲDONも終了しました。 さて、「アニメや映画について思い浮かんだこと、取材のこぼれ話、身辺雑記など、雑多な素材を気ままに盛りつけるコラム」というユルんだコンセプトのもと、「アニマゲ丼」と名を変えて昨年11月にアサヒ・コムにて復活しましたが、私は4月1日付でデジタルメディア本部を離れ編集局編集センターに移ることになりました(新聞社ってのは異動の多い会社なのです)。アサヒ・コムの業務に携わるのは同じですが、記事を書く部署ではなく、取材現場からはしばらくお休みします。 内示を受けて「ありゃ、これでアニマゲ丼ともお別れか」と思いましたら、社内外より「続けてよ」との声が出て、調整の結果めでたく存続ということに。転勤・異動を乗り越えて、またもしぶとく続くアニマゲ。今度は出張の必要はないし、大概のネタは脳内の妄想から調達するので何とかなるでしょう。ユルさは変わりませんが、引き続きおつきあい下さい。 プロフィール
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