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伊吹島

伊吹島マップ
網で鰯を追い込む絵

 香川と愛媛の県境近くに浮かぶ伊吹島は1平方キロメートルあまりに約600人が住む。うどんのダシに欠かせない良質の煮干しイワシ(いりこ)の生産地として知られ、「いりこの島」とも呼ばれる。漁で島が活気づく夏に、今回初めて瀬戸内国際芸術祭の会場となった島を歩いた。

鰯

 いりこの材料となるのはカタクチイワシ。伊吹島周辺は潮の流れが緩やかなため、身や骨が軟らかく、ダシの出が良いいりこができる。サイズにより大羽(8センチ以上)、中羽(6~8センチ)などに分類される。鱗のついたものは「銀つき」と呼ばれ、料亭などで重宝されている。

0分経過

 観音寺港から定期船で25分。玄関口の真浦港は漁の拠点でもある。早朝に港を訪れると、夜明けとともに漁船が一斉に動きだした。約300メートルの網を2隻で引き、大きな魚を逃がしながらイワシをとる「パッチ網漁法」のため、港を出るときも2隻ずつ沖へ向かっていった。

 「あらいやつ、みいま」と聞こえた。出港から1時間半後、「イリバ」と呼ばれる加工場へ船から無線連絡があった。「大きいやつ、たくさん」という意味らしい。船が着くと、水槽からパイプでイワシを吸い上げてイリバへ。水揚げするとすぐ鮮度が落ちるため、時間との戦いになる。

 イワシを入れたセイロを沸騰したお湯の中に入れると、イリバに漂っていた香ばしいにおいが一段と強くなった。材料のイワシの仕分けからゆで上げ、乾燥するところまで、加工は流れ作業で進む。水揚げから乾燥機へかけるまで、30分もかからない。

特選 煮干いわし

 伊吹島では150年ほど前からいりこが作られていたという。いりこには、脂が少ない夏場のイワシが向いているため、伊吹島では夏の約3カ月間で1年分のいりこを生産する。島外に住むようになっていても、この時期だけは島に帰ってきて作業を手伝う人も多いそうだ。

鍋でいりこを煮てダシをとる絵
うどんを箸ですくう絵

 天ぷらにしたり、あぶって日本酒に入れたり。伊吹島には様々ないりこの食べ方があるが、やっぱり基本はダシ。特に讃岐うどんの角がぴしっと立ったコシが強い麺には、濃厚でうまみの強いダシがよくあう。いりこはうどん県のソウルフードを支える、紛れもない主役の一つなのだ。

うどん

みかんぐみ+岡昇平+神奈川大学曽我部研究室

伊吹しまづくりラボ

 漁業に支えられた伊吹島は人口4千人を超えたこともあり、昔は映画館や遊郭まであったという。廃業したイリバを再活用したラボは、島の風俗や歴史を研究し、未来に生かすのが狙いだ。「芸術祭を島づくりについて考えるキックオフにしたい」と曽我部昌史・神奈川大教授は語る。

伊吹しまづくりラボ

旧伊吹小学校

 真浦港から急な坂道を10分ほど上っていくと、旧伊吹小学校に着いた。3年前、少子化や耐震構造の問題などから伊吹中学校に併合。1950年代には約600人の子どもが通ったが、今は小・中学校あわせても20人程度。伊吹島に展示されている9作品のうち3作品がここにある。

 旧小学校では、香川県三豊市でうどん屋を営む久保秀紀さん(62)が芸術祭の夏会期限定で、自慢のしょうゆ竹うどん(450円)などを振る舞っている。

手打ちうどん いぶき

「みんな言葉が悪いというが、伊吹の言葉は古い京言葉。人を疑わん気質とか、昔の良いものが残っている。それがええ」

沈まぬ船

豊福亮+Chiba Art School

沈まぬ船

 島の漁具や生活用品を素材に、魚の群れや海の中をイメージした立体作品で、校舎に入ると、1、2階のほぼ全てが作品で埋め尽くされていた。作品を彩るカラフルな浮きは、島民や観音寺市内の小中学生たちとワークショップで作ったもので、約5万個あるという。

大岩島

大岩オスカール

大岩島2

 体育館に作られた半径6メートルの半球。内側には瀬戸内をイメージした風景が、150本のマーカーを使って濃密に描かれていた。大岩オスカールさん(48)は「白い紙に絵を描くという最も基本的な技術で巨大なものを作りたかった。瀬戸内は広いけど、水面と同じ目線で見ると、何かが見えるという面白さがある」。

作品をたどって

キム・テボン

小さな町のささやき

 小学校から更に坂道を上った伊吹島民俗資料館の庭には、使われなくなった漁具や船の廃材を組み合わせた遊具が展示されている。訪れた時は、ボランティアのこえび隊の男性が網を締め直していた。「『寝っ転がるだけだよ』と言っても、子どもたちが跳びはねちゃうんですよね」

向井山朋子

夜想曲

 東日本大震災で津波に襲われたピアノが2台、かすかな光に照らされていた。ピアニストの向井山朋子さんは「ぐちゃぐちゃになった弦を見て、被災地の傷の深さが認識できた」。民家の入り口に立つと、子どもの遊び声に続いて歌が聞こえてきた。被災した小学校の校歌だという。

関口恒男

伊吹島レインボーハット

 木の枝や布でつくられたシェルターの内側では、水の中の鏡に反射した日光が虹をつくり、静かなダンス音楽が流れる。関口恒男さん(56)が25年前、インドのゴアで出会ったヒッピーたちが発想の原点だ。「踊ることは食べることと同様、人間に必要な行為だと思うんです」

伊吹島レインボーハット
レインボーヘッド

LUNA..CLIP..

歩み

 レインボーハットから坂を下りると、のれんのかかった昔のたばこ屋から亀がこちらを見ていた。段ボールのピースをレゴのように積み上げて作ったアートで、中には亀がもう2匹。LUNA..CLIP..の2人は「ゆったりとした歩みが島の人たちの生き方に似ていると思って」

ダンボールの亀

迷路を歩く

石井大五

トイレの家

 「作品はオマケ。なくても良いと思えるぐらい島ってすごい」。ある出展者の言葉を胸に、もう一度島を歩いた。伊吹島は「迷路の島」とも呼ばれ、ちょっと順路をそれると、どこを歩いているか分からなくなる。旧小学校に戻ると、トイレに「136」と番号札が。これも作品だった。

 伊吹島は、島全体が小高い丘のようだ。細く、急な坂道ばかりだが、その分、港や海岸線の近くに下りていくと、遠浅の海が視界にぱあっと開けてくる。海が穏やかに波打つ様を見ていると、伊吹の名前は「息吹」に由来する、という説があるのも、分かるような気がした。

扇風機
工場にあった置物
ビールケースのスツール
大漁旗
デザイン:末房 赤彦 / 制作:佐藤 義晴 / 文・写真:伊勢 剛