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桟橋

 高松港から出たフェリーは女木(めぎ)島に立ち寄り、40分で男木(おぎ)島に着く。面積わずか1.4平方キロメートル。平地はほとんどなく、急斜面に広がる集落に約200人が暮らす。
 過疎に悩むこの島を、3年前の瀬戸内国際芸術祭で10万人近くが訪れた。2度目の今回は16の作品が待っている。地図を片手に坂道を上り下りして、民家や路地でアートに出会う。雨の降る春の日、霞たなびく男木島を歩いた。

イラスト:桟橋

交流館

 男木港から降りると、白い平屋の建物が目に入る。ジャウメ・プレンサの「男木島の魂」。鉄とガラスでつくられた半透明の施設で、地元の交流館になっている。プレンサはスペインの作家で、各国の言語を作品に織り込んで独特の空間をつくってきた。交流館の屋根にも、「風」「波」など自然を表す文字が8カ国語で象られている。島を訪れた日は雨だった。建物を囲む水面を雨が打ち、そこに映ることばを揺らしていた。

坂道

 男木島は坂道と階段の島だ。人がすれ違えるくらいの細い路地が、迷路のように入り組んでいる。地元の人は「オンバ」と呼ばれる乳母車で生活必需品を運ぶ。島に耕す土地はないが、戦後しばらくまで島外に牛を貸し出して生計を得る風習があった。坂道を上りながら、ふもとの港を振り返る。貝をモチーフにしたプレンサの交流館が、集落のあちらこちらから見下ろせる。

イラスト:坂道1

うつしみず

石塚沙矢香

  「うつしみず」。そのやわらかな響きを胸の内で唱えて部屋に上がると、中空から何かがつるされていた。鍋、ブイ、鋤(す)き、かご。男木島で集めた250個の農具や漁具だという。「想像したかったのは、海の中」。作者の石塚沙矢香さん(33)は言う。
 つるされた民具は逆三角形に固められ、海面に映る島影のようになっている。島を見立てた道具は、島の漁師が糧にしてきた海中と、島の上から帰りを待つ人々の思いを表している。
 石塚さんは3年前の瀬戸芸で初めて男木島を訪れた。真壁陸二さんの壁画プロジェクト「ウオーリー」の手伝いだった。そのときの島の風景が強く印象に残り、今回の応募につながった。「男木島は自然も生活も、昔のまま残っている。島としての統一感がある」と、石塚さんは話す。
 急峻で細い路地には車も入れず、結果的に島の近代化を阻んできた。今回の展示のために部屋一面の窓ガラスを島外から持ち込んだが、それも人力で運び上げたという。「うつしみず」には、島の人々が営んできた生活の重みそのものが映っている。

タイム・チューブ―とき まき つつの家

川島猛とドリームフレンズ

 川島猛さんは3年前、同じ会場で「思い出玉」という作品を発表した。島の家庭に眠る雑誌や手紙など思い出の詰まった紙を、球状にして飾った。島の人々も制作を手伝った。
 今回は川島さん自身の思い出と時代そのものの記憶を筒状のオブジェで表した。60年代に渡米してから集めた雑誌を1200本の筒にして立て、ところどころに鏡面を仕掛けた。「虚像と実像を見られるように」という。白い部屋に色が踊り、万華鏡のような光景が広がる。「人それぞれの時間を、1本のメモリアルな時間としてつかみとってほしい」と、川島さんは話している。

ウオーリー

真壁陸二

 そこにあるだけで、あたり一帯を明るくするものがある。集落の随所で必ず目にするのが、家の外壁に打ち付けられたカラフルな板。3年前に設置され、ウオーリー(wall+alley)と名付けられた真壁陸二さんのインスタレーションは、すでに男木島のアクセントになっている。島内で集めた廃材や廃船に、島の風景などを描いて貼った。「生活の記憶と未来」「海と人と動植物の共生」を伝えているという。

イラスト:坂道2
めおんバーガー

島歩きと作品鑑賞でおなかが空いたら、カフェで一休み。「ドリームカフェ」の「めおんバーガー」は、瀬戸内産の魚をすり身にして揚げ、落花生のソースをかけた。薄味のフィッシュバーガーだ。1個580円。他にも地元で獲れたタコのサラダやクラムチャウダーがある。

SEA VINE

高橋治希

 斜面に家が積み重なる男木島では、海を真正面に望める部屋が多い。遠い水平線も、くっきり見える。高橋治希さんの「SEA VINE」は、瀬戸内の波や風を部屋の中へ招き入れた。大きくうねる九谷焼の蔓(つる)は、次々に表情を変える自然を映している。花や葉には「海に目があったとしたら見ただろう」風景が描かれている。花を覗(のぞ)き、蔓を見渡し、窓の外の海を見る。視線は連続し、作品と風景が一体になる。

オルガン

谷口智子

 家と家の間を縫うように、白と青のパイプが斜面を駆け上がっている。種明かしは、他の作品を見ながら集落を登っていったときにある。港を望む空き地に、穴の空いたパイプがにょきり。谷口智子さんの「オルガン」は、遠く離れたところの声を伝える「伝声管」だった。取っ手を押せばハーモニカの音も響く。望遠鏡には瀬戸内の風景。島をめぐるもののつながりが見えてくる。

オルガンの中

記憶のボトル

栗真由美

 蔵はモノだけではなく、人々の思い出もしまうのではないだろうか。入り口の黒幕をかき分けて蔵の中に入ると、あかりをともした無数のガラスビンがぶら下がっている。中には結婚式や海など島にまつわる写真が入っている。作者の栗真由美さんはコミュニティセンターに箱を置き、島民に思い出の品々を寄せてもらった。それらを撮影してビンに詰め、「記憶のボトル」と名付けた。

入り口

AIR DIVER

角文平

 角文平さんの「AIR DIVER」(エアーダイバー)。民家の入り口に掲げられたタイトルの意味が分かったのは、作品と窓の外を視線が行き来しているときだった。土間から畳の部屋に上がると、タンスやちゃぶ台など古い家具から無数の鉄棒が突き出ていて、その上に瀬戸内の島々や船のジオラマが乗っている。窓の外の水平線を重ね合わせると、海面に浮かんでいるように見える。島の模型をのぞき込むと、空から見下ろしているようにもなる。立つ位置を変えることで作品は大きくも小さくもなる。その自由な感覚に、作品のタイトルが重なった。
 「AIR DIVER」では、瀬戸芸の会場となっている12の島のうち11がジオラマになっている。女木島だけはない。その理由は正面の風景を見ているとわかる。

イラスト:坂道3
教室

 島の港からしばらく歩いた小高い丘の上には、今は休校になっている男木小・中学校がある。校舎の壁には大きく「PSS40」の文字。有馬純寿さんや会田誠さんら「昭和40年会」が開校した「昭和40年会男木学校」のロゴだ。

スリッパ
木下氏
1

1.

入り口

 家と家の間を縫うように、白と青のパイプが斜面を駆け上がっている。種明かしは、他の作品を見ながら集落を登っていったときにある。港を望む空き地に、穴の空いたパイプがにょきり。谷口智子の「オルガン」は、遠く離れたところの声を伝える「伝声管」だった。取っ手を押せばハーモニカの音も響く。望遠鏡には瀬戸内の風景。島をめぐるもののつながりが見えてくる。
(写真の右の矢印をクリックすると、別の教室がご覧になれます)
ロッカー
イラスト:教室1

時の廊下

西堀隆史

 男木学校を後にして、港の近くまで歩いてきた。アジアは竹文化で、日本はその北方にあたる。タイで活動する西堀隆史さんは、香川県の伝統工芸品「高松和傘」600本の骨を使い、歴史と空間の広がりを表現した。日本家屋の二階へと上がると、天井に張り巡らされた傘がモーターの音を立てて回っている。合間から見える照明が揺れる。窓の外には、港に停泊するフェリーが見える。間断なく回り続ける傘が、島のゆるやかな時間を忍ばせた。

イラスト:教室2

 瀬戸内の島と海、空はつながっているように見える。雨の降る日などは、水面を覆う霞が、その境界をよけいにあいまいにさせる。男木島の海岸線沿いを歩きながら、そんな景色に見とれていると、視界にあずまやのようなものが入ってきた。

歩く方舟

山口啓介

 聖書に出てくるノアの方舟から発想したという「歩く方舟」。逆さにした船から伸びた4人分の足は、突堤の上から海へ今にも漕ぎ出さんと歩いている。船にはラクダのようなコブ。少し遠くから眺めたら、海に浮かぶ島々の峰と重なった。

灯台

 島の北側にある灯台へ歩いていたときだった。軽トラックがとまり、男性が声をかけてきた。「乗るかね」。集落から灯台は歩いて30分かかる。礼を言って助手席に座った。
 男性は灯台の管理人を務める谷川清さん(65)。谷川さんは中学校を卒業して大阪に出て、タイル職人をしていたという。4年前に故郷の男木島に戻り、管理人の職に就いた。

 男木島灯台は1895年に建てられ、映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台にもなった。かつての職員宿舎が管理人室で、谷川さんは仕事の合間に水彩画を描いている。暇を持て余して独学ではじめたという。海岸に打ち寄せられたガラス片を集め、ステンドガラスのように窓に貼っている。瀬戸内国際芸術祭の作品について尋ねると「ええものもあるが、ええっ?てものもある」。

 灯台の後ろにある山道を登ると、山腹いっぱいにスイセンが咲いていた。正面には豊島(てしま)が迫り、その間をタンカーが横切っていく。左手に直島、右手に小豆島。いずれも芸術祭の舞台だ。
 「自然があり、鳥の声が聞こえる。昔と変わらない時間が男木(島)には流れている」。そう谷川さんは話していた。瀬戸内の島々は互いに手の届きそうな位置にありながら、それぞれに文化がある。現代アートの祭典は、12の島で秋まで繰り広げられる。次はどの島に行こう。

デザイン:末房赤彦 / 制作:佐藤義晴 / 文・写真:神崎ちひろ・木村 円