オフィスの一室で、落ち着き払ったスーツの男性がデスクに書類を広げ、中年夫婦に向かって告げます。「あなたの年収ではご融資はできません」。相手の男性が立ち上がって怒鳴り出します。「いい加減にしてくれ! ここは銀行じゃあない。早くスープを飲んでくれよ父さん!」。父さんと呼ばれた男性がハッと気づくと、目の前にあるのは書類でなくお盆に載ったスープの皿で、自分はベッドに座っている老人。嘆く息子に老人はいらだち、皿をひっくり返して「出て行け!」。
認知症になった老人の不安や焦りを描いたスペインの長編アニメ「しわ」(公開中)の冒頭場面です。原作はパコ・ロカ作のマンガ「皺 shiwa」(小学館集英社プロダクション)。原作も同じ場面から始まりますが、主人公の思い込みがパッと解けて現実に替わる瞬間の鮮やかな衝撃は、映画の方が効果的です。マンガはどうしてもコマとコマに分断されてしまいますからね。
元銀行マンの主人公エミリオは、老人ホームに連れてこられます。玄関で手続きが終わるのを待っていると、愛想のいい男性が「こんにちは」。エミリオも「こんにちは」。手を差し出し「エミリオといいます」と言うと相手も「エミリオといいます」。ヘンだな? かっぷくのいい男がやってきて「そいつはラモン。DJをやってたが今じゃおうむ返しにしかしゃべれねえのさ。オレは同室のミゲルだ。よろしくな」という感じでホームでの生活が始まります。

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。文化くらし報道部でアニメやマンガを担当。※ツイッターでもつぶやいています。単行本「1面トップはロボットアニメ 小原篤のアニマゲ丼」(日本評論社)発売中。