【編集委員・吉村千彰】「自分には書けないと思うことを書きたい」。若者たちの危うさに読者を引き込む『パレード』、罪と悪の奥底に触れる『悪人』など、1作ごとに新しい世界を開いてきた作家吉田修一。新作『愛に乱暴』(新潮社)は、夫の浮気で人生の歯車が狂った女性の姿を、息苦しいまでにスリリングに描く。
初瀬桃子は42歳。結婚を機に大手企業を退社、今は手作りせっけん教室の講師をしている。子どもはいないが、義父母ともまあまあうまくやっている。だが、夫・真守の浮気が発覚。妊娠中の相手と会い、追い込まれた桃子は、思いがけない行動をとり始める。
「私、チェーンソー買ったんだ」。そうつぶやく桃子の真意が描かれない。床下の土を掘る場面はもちろん、猫をかわいがる姿さえも、不気味にみえてくる。