京都に帰って来てみると、部屋が荒れている。それもそのはずで、東京に発ったのは選考会の前日だったが、その数時間前までろくに荷物を詰めもせずに必死で仕事をしていたのだった。ほんとうは余裕をもって仕事を終わらせ、ゆっくりと準備をしたかったのだが、私がぐずぐずしていたのでそんなことになってしまった。
それで、帰って来てすぐに片付けたかというと、そんな体力はなくて、今も部屋は荒れている。むしろ、ますます荒れている。たくさんの方々が、受賞を祝って花を送ってくださった。その花は部屋の一画にかためて置いている。そこだけがきらきらしく、あとは殺伐としている。花は獰猛(どうもう)に輝いていて、動物みたいに動き出さないのが不思議なほどだ。いつまでもしゃがんで、花の方ばかり向いていたい。ほかは見たくない。が、そうもいかない。私は断腸の思いで花に背を向ける。すると、読みかけの本やまだまったく読んでいない本、やりかけの仕事などをプリントアウトした紙、ペンやメモやノートに加え、花が梱包(こんぽう)されていたダンボール箱が床にも机にも散乱している。私はそれらの隙間にそっと身をねじこみ、パソコンを開いて小さくなって仕事をはじめる。
幼児のころから、おはなしをつくる人になるんだと思い込んでいた。整頓されたきれいな部屋で暮らす、とは考えたこともなかった。思い込んだとおりには、一応なっている。