〈第1回〉「歌舞伎は難しい?」
2006年08月16日
自分の好きなものは他の人にもそのよさを知ってもらいたいし、魅力を分かち合える仲間が増えたらうれしいですよね。そうやって仲間が増えていけば、それまで以上により豊かで刺激的な体験が待っているのではないでしょうか。
今回からスタートするこのコラムで、たくさんの方と分かち合いたいと思っているのは歌舞伎です。歌舞伎といえば、400年を超える歴史を持つ日本の伝統芸能であり、昨年は世界遺産にも登録された世界的にも有名なパフォーミング・アーツ……などと記すと、何やら格式張って難しそうな印象を抱く方もいらっしゃるでしょう。そのせいで歌舞伎というものに触れたことがない、という方も多いのでは?
一歌舞伎ファンとして思うのは「もったいない」の一言です。「じゃあ、歌舞伎は難しくないの?」と聞かれたら……。困ってしまうんですね。難しいものもあれば難しくないものもある、としか答えようがないのです。つまり「歌舞伎」という単語がフォローしている範囲というのは、実はとっても広いんです。
たとえば映画に当てはめて考えてみましょうか。1本が3時間を超える超大作の3部作シリーズのように長大なスケールの作品、芸術性の高い短編、抱腹絶倒のコメディ、人間の内面を深く掘り下げたドラマ、画期的な演出が突出した作品、音楽やダンスをクローズアップしたもの……。映画といってもその内容は実にさまざまですよね。
歌舞伎だって同じことなんです。たまたま見た最初の1本が難しいものだったら「歌舞伎は難しい」と思ってしまうかもしれないけれど、それがイコールすべての歌舞伎ではないのです。それからその「難しい」というのも、大人の理屈で理解しようとするから難しくなっていることもある気がします。
そこで思い出されるのは小学生のころに見た盗賊が主人公の「三人吉三(さんにんきちさ)」というお芝居。これは「月も朧に白魚の……」で始まる七五調のセリフで有名な場面を独立して上演することが多いのですが、そのときは前後の物語をほぼフォローした「通し上演」でした。お気に入りの登場人物は女装の盗賊・お嬢吉三。お嬢吉三がお寺の欄間に隠れる場面を見て、その真似がしたくて押し入れの天袋によじ登った記憶があります。
こんなふうに子供を夢中にさせる要素もあれば、大人になって経験を重ねたからこそ心から実感できるセリフもあります。それから以前はつまらないと思っていた芝居が、いきなりストライクゾーンに攻め入って来た! などということもありました。受け止める側の経験値によっても変わっていくものなんですね。
とにかく歌舞伎には数限りない作品があり、さらに新作は現代でも生まれています。脚本に手を入れ新たなやり方を工夫することもあります。そして演じる役者さんの個性や解釈によって、同じ作品でも味わいは微妙に異なっているのです。
つまり歌舞伎というのは、それだけ幅も奥行きもある世界なのです。ですから初めて歌舞伎を観に行くときに重要なのは「自分の好みに合っているか」であって、「難しいかどうか」ではないように思うのです。
〈実践メモ〉
歌舞伎座の「八月納涼歌舞伎」を例に、現実にどんな作品が上演されているのかを具体的に挙げてみましょう。
アクションスターさながらにダイナミックな立廻りで客席を沸かせているのは「慶安太平記(けいあんたいへいき)」。華やかで絵巻物的味わいの中で立廻りの様式美を堪能できるのは「南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)」。この作品では役者を乗せたまま屋根が後方へ回転するという大仕掛も見られます。
民話をもとにした「たのきゅう」はわかぎゑふさん脚本による新作の舞踊劇。可愛らしくてほのぼのとした内容は小さなお子さんにもよくわかるお話です。三つの舞踊によって江戸時代の市井の風俗が楽しめるのは「団子売(だんごうり)・玉屋(たまや)・駕屋(かごや)」。「近江のお兼(おうみのおかね)」は可憐な娘の軽快な踊りです。
そそっかしい芸者が巻き起こす騒動を描いた「吉原狐(よしわらぎつね)」は、言葉が平易なこともあってポンポンと交わされるセリフに客席の笑いは絶えません。この「吉原狐」と「南総里見八犬伝」は今回の上演に際して新たに脚本に手を加えた作品です。そして「たのきゅう」は新作。歌舞伎は伝統的演劇でありながらこうして日々、進化を続けているのです。