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朝日いつかは名人会ガイド

朝日いつかは名人会とは
 東京・築地の浜離宮朝日ホール(小ホール)で06年4月から開催の「朝日いつかは名人会」は、落語界の未来を背負って立つ二つ目の若手を応援する会。年4回開催の予定で、毎回、若手真打ち1人がゲストになり、前座1人と二つ目2人を紹介します。落語をお楽しみいただくほか、彼らが本音を語り合うトークショーもあります。

演目紹介

第3回(06年10月5日)の演目

2006年10月20日

 第3回朝日いつかは名人会が、さる10月5日(木)18時50分から浜離宮朝日ホールで開かれました。翌6日の大荒れの天候の幕開きのような空模様で、午後からは風雨がかなり激しくなりましたが、満員の盛況となりました。

 前2回の柳家喬太郎に代わって今回のナビゲーターは柳家花緑。主役の二ツ目は来春、真打昇進が決まっている五街道佐助と、元気いっぱいの三遊亭きん歌。今回も対照的な2人の競演でした。きん歌は「親子酒」、佐助は「明烏(あけがらす)」、花緑は「不動坊火焔(ふどうぼうかえん)」。

 きん歌はマクラのトークで大ウケしました。自由奔放にお客をつかむコツを心得たエネルギッシュな高座。今後ますます、生きのいいオモシロ若手として活躍の場が増えることでしょうが、それだけの素材でないことは、「親子酒」をカッチリと演じたことでよくわかりました。

 禁酒を誓い合った父子の挫折をコミカルに描いたこの「親子酒」、2人の酔態の描き分け、老父がだんだん酔うプロセス、1人冷静な老妻の描写――と、コンパクトながら、なかなかむずかしい噺なのです。

 佐助の「明烏」は病的にマジメな若旦那が吉原の花魁(おいらん)遊びを強引に初体験させられて、画期的に目覚めてしまう噺。爽やかな口跡の芸風が主人公にぴったりで、実感のある高座になりました。つまり、演者の「ニン」が生きたわけです。“ふだんなかなかやれない大ネタだから”と真打昇進を控えて意欲的に取り組んだ成果は十分。

 花緑の「不動坊火焔」は、師、祖父・五代目小さんの十八番。長屋のマドンナ未亡人の再婚をめぐる、男どものジェラシーのばかばかしい結末を描いた爆笑ネタ。50分もの熱演、長演で男たちの滑稽なプロジェクトを丁寧に描きました。最近の充実ぶりがうかがえる一席でした。

 3人による“とっておきトーク”のコーナーは、メディアなれした先輩・花緑が、控え目な佐助、のりまくるきん歌のバランスをうまくとって、ライヴならではの盛り上がり。佐助が隅田川馬石(すみだがわばせき)という江戸時代の古い名跡をつぐことも話題になりました。

 新・馬石は四代目。先代(三代目)は、かの有名な五代目古今亭志ん生でしたが、1930(昭和5)年にたった1カ月間名乗っていただけなのだとか――。

 ところで、トークには入りませんでしたが、この変な?名前、根拠はあるのです。隅田川の畔(ほとり)に馬をつなぐ「駒どめ」の石というのがあって、それに因んでいるのです。よく知られている金原亭馬生という名の由来も、松戸の小金原(こがねはら)が古来、名馬の産地として知られていたからですが、落語家の名前をたどるのもおもしろいものですね。その話はいずれコラムにて。

京須 偕充(きょうす・ともみつ) 落語プロデューサー
 1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
 有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
 『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。
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