4月25日(水)夜7時から第5回朝日いつかは名人会が築地の朝日新聞社・浜離宮朝日ホールで開かれました。ちょうど1周年、二つ目さんのナビゲーターは第1、2回に戻って柳家喬太郎さん。“いつかは”の2人は春風亭栄助さん、三遊亭天どんさん、前座が柳亭市朗さん。……これまでとは一味ちがうおもしろさがありました。
「喬太郎いわく、これまでの8人は前途有望の正統派、今回はもう1年たったのだからこういうアングルも可……という意図で前途有望でない――異端派にスポットをあてた、ということだが、これは噺家(はなしか)特有のブラックジョークだね。決して前途悲観組なんかじゃない。喬太郎が3人トークの締めに言ったように、落語にもいろいろありなのだ。多様な芸の共存が常に落語を活性化してきた歴史があるが、その一面を見せてもらった一夜だった」
天どんさんの「ゆいごんを……」はシュールのような荒唐無稽のようなストーリーですけど、いい話でしたね。ウダツの上がらない二つ目の落語家に架空の難病にとりつかれた不思議な男の子がからんで、ばかばかしい笑いを生み出しながら、ちょっと生と死、人間というものを考えさせる――。
「そうマジメにとらえることもないが、この天どんの創作落語は聴く人それぞれがそれぞれなりの受けとめ方で楽しめる、ちょっと意識の浮遊に誘われる面がある作品だね。圓丈門下ならではと言っていいだろう。この手の新作はね、旧世代にはなかった傾向だよ。新作落語と一口に言っても、1970年代を境にして天と地ほどに世界がちがう」
栄助さんは古典の「御血脈(おけちみゃく)」でしたね。地獄から大盗賊・石川五右衛門が信濃の善光寺へやってさて血脈之印を盗もうとする。これも昔のシュール・ストーリーですね。
「地噺といって演者の地語りが中心だから過去と現代を行ったり来たりすることが出来る。仏教伝来あたりから入ったので現代と宗教についても彼自身のことばでしゃべった。こういうところでは演者の時代センスが試されると同時に、要所要所で原典をしっかり語り込む力を問われるから、むずかしい噺だね。栄助はバランスよくやっていた」
2人とも肩肘張らない語り口で楽しめました。
「古典ガチガチ派だと、どうしても楷書の話し方になりがちだが、今回の2人は草書まではいかないまでも行書でしゃべっている。パーソナリティが求められる現代には打ってつけの存在で得がたい個性派ということだね。人間味が感じられるだろう」
ええ、そうでした。それにしても喬太郎さんはすごかった。
「『一日署長』だね。『ゆいごんを……』と共通する要素があるのだが、それは狙いでもあったようだ。前の2人の名前から演目までつかみ込んで、しかも『御血脈』のサゲを応用してオチをつけた。圧巻だったね。この人は古典にも創作落語にも通じる表現力の幅を持っているが、こういう演者は前例がちょっと見当たらないね」
これからがますます楽しみですね。
「今回はちょっと実験的な雰囲気が漂っていたが、喬太郎は最終的にすべてをフィーバーに持っていってしまった。前座市朗君はまだキャリア1年半だそうだが、師匠(市馬)のいい面を備えているね。明朗でしっかりしているよ」
トークもこれまでとは少しちがいましたね。
「前途有望かどうかというようなポイントから入ったので、若い落語家の気持ちや人生観がかえってよく見えたと思う。あまり口先のジョークや世間相場の落語家イメージにとらわれないタイプの本音が出て、見せかけの立派な結論なんかなかったが、くつろげるタイムだった」