現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>朝日いつかは名人会ガイド> 顔ぶれ紹介 文・京須偕充
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林家たい平=横井洋司氏撮影 |
柳家三之助=横井洋司氏撮影 |
三遊亭金翔=横井洋司氏撮影 |
「林家たい平は、売れっ子若手の典型的な歩みをした人だ。1988年8月に林家こん平に入門したが、前座時代から目につく存在だったね」
どういう点がですか。
「今でもなかなかの二枚目だが、とり澄ましたハンサムでは笑芸人としてはかえってマイナス。彼には愛敬があった。芸の上でもバカになれる。声も口調もナイーヴで変なクセがない。素直な素質だから伸びるな、と直感したね」
で、その通りになった?
「まあね。という言い方をすると斜の構えめくが、クセがないということは反面、個性的でないと見られる弱さもある。90年代は落語にとって冬の時代だったから、彼のやる気が空回りした時期もあって、その頃は悩んでいたと思う」
この数年はCDも出し歌も歌い、大活躍ですね。「笑点」メンバーとしても定着しました。
「まあ、今は全開状態だ。基本をしっかり身につけながら、ときにはハメを外してお客にサービスをする。それが彼の一貫した姿勢のようだ。いずれ仕事を絞り込む時期が来るだろうし、亡き志ん朝師匠に目をかけられた実績がものを言うようになると期待しているが、今は落語界の顔の一人として多角的にがんばってほしい」
二つ目の二人、まず柳家三之助さんは1973年5月の生まれ、千葉県銚子市の出身。上智大学経済学部に学び、95年9月に小三治門に入って、柳家小ざる。99年11月に二つ目に昇進して三之助という経歴ですね。
「きちんとした折り目正しい、正統的な語り口だね。行儀のいい高座ぶりでとても気持ちがいい。どうも近頃、駆け出しの若手にも悪ふざけめいたギャグを期待する傾向があって、それを個性や才能と勘ちがいする聴き手がいるのだが……」
客席の若いお客さんはそれが楽しくて笑いに来るんでしょ。
「そう。だから一概に否定はしたくないが、そういう舞台度胸やギャグの才能も、それはそれでいいとして、やはり300年の伝統ある話芸だから、セオリーはきちんと踏まえていないと中年以降に芸が崩れることが多いから怖い。今、そんな実例を捜すのに苦労はいらないよ」
ウヮア、それも怖いな。で、三之助さんは?
「よく聴いてごらん。師匠小三治とは対照的な折り目正しい語り口のようでいて、呼吸と言語体系は師匠にとても近い。小三治さんも若手の頃は型のしっかりした語り口だった。今は自由で型のない芸のように見える小三治落語だが、内なる造型は今もきちんとしている」
なるほどね。弟子を聴くと師匠の芸もわかる面がある。
「それが伝統芸というものだよ」
三遊亭金翔さんは1974年11月に長崎県に生まれ……え、東京外国語大学出身!
「そう。武蔵野美術大学でデザインを修めたたい平さん同様に異色だな。まあ、美術よりは外国語のほうが落語にいくらか近いのかも知れないが」
でも、落語学部落語学科なんてありませんものね。02年2月に三遊亭金時門下に入って時助、05年5月に金翔で二つ目昇進。
「なかなか語り口が大柄で大器を感じさせるね。声も明るいので自然に楽しい空気がかもし出せきれる。落語家としてはとてもいい素質だと思うよ。伸び伸び大きく育ってほしい」
名前の翔の字が生きるようにね。
「師匠の金時さんも芸術祭新人賞を受賞した頃から充実してきた。その師匠は大御所の金馬師匠だが、この一門はしっかり、幅広く勉強する人が多くて、ネタ(演目)がとても豊富だ。修業環境はいいから頑張ってほしい」
二人とも有楽町朝日ホールの「朝日名人会」には縁が深いと聞きました。
「三之助は小ざる時代、あの会の第一期の前座をつとめた。三之助になってからもおはやしの笛を吹いてくれている。金翔も時助時代にしばらく前座をやってくれた。そういう人たちがステップアップしていく姿を見るのはうれしいことだね」
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落語オーディオブック第4弾