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落語って、こんなにおもしろい

2006年05月15日

師匠に会えるまでが一苦労

 「お願いがあります。どうか師匠の弟子にしてください」

 門を叩いて、奥の座敷へ通されて、目指す師匠の前に正座をして(もちろん、座布団なんか敷いてはならない)、深々と頭を下げて、こう切り出すのが、まあ理想のスタイルってことでしょうが、なかなかそうは問屋が卸さない。落語家人生にチャレンジする者は物事を型通りに考えないことが肝心のようです。何度門を叩いても、玄関のブザーを押しても、そして応対に出てきた家人や弟子に自分の願いを伝えても、師匠はそう簡単に会ってくれるものじゃない。むろん、気まぐれであっさり面会がかなうこともあるようだが、それは志願者が落語の神様の恩恵をこうむるラッキーな星の下に生まれた場合か、その瞬間に一生の星を使い果たしたのかの、どちらかだろう。

 それでもめげずにしつこく師匠宅へ通う。落語「五貫裁き(一文惜しみ)」の主人公のような愚直なエネルギーと機動性がないと務まらない社会でもある。10日も1カ月も粘っていれば家人が……たいていは“おかみさん”が音をあげて「いい加減に会ってやったら」と進言してくれるってわけですね。

 他にも方法はある。意表をついたり、裏をかいたりする機転も大切。たとえば何通か手紙を出して門を叩く予告を念入りにした上で訪れるとか、居留守のつかいようがないように師匠本人を寄席や放送局の出入り口で待ち伏せして直訴に及ぶとか、あるいは知人のコネクションを利用するとか、いろいろあります。

 そういう知恵があることも、将来この世界で成功する一つの条件でしょう。粘りと機転の両立なんてのは、芸能に限らず社会人としての重要な資質ですから、落語界はこの段階で試験に代わる自然の淘汰をしているってことでもあるようです。

 時代が変わったとはいえ、電話やメールで弟子入り志願をするってのは感心しません。古い社会だからというのではなく、それでは断りの口実を師匠に与えているようで作戦自体がセコ(拙劣)ですよ。ゆくゆくは大勢のお客の前に一人対座して笑いや涙を演出しようって人間なら、一世一代のチャンスは一対一の対面でつかまなくちゃダメ。

 とはいえ、いまの世の中ですから、新しいタイプの師匠であれば、度重なるメールについほだされて会ってくれる、なんてこともあるにはあるでしょう。要は落語家志願の熱意が伝わることですからね。でも師弟関係というのは現代でも近未来でも封建的な上下の間柄であることに変わりはないのですから、それが友人関係のような立ち上がり方をすると、将来ロクなことはない。

 21世紀に入って師弟間のくだらないトラブル話を多く聞くようになりましたが、原因の根っこは師弟のケジメがあいまいになっていることにある――、簡単に言やぁ、双方未熟者ってことだと思うんです。トラブルは勝手にすりゃぁいいんですが、いずれそれが“芸”の低迷につながりはしないか――心配ですね。

 ようやく会ってくれた師匠ですが、前回も述べましたように、なかなか二つ返事で入門は許されません。両親は賛成してくれているのかい? 周囲がこぞって反対しているのを押し切るのもどんなものかな、などなど、師匠は慎重な対応を求めて、すぐには許さないことが多いと聞きます。

 それはおそらく、師匠自身のにがい体験があるからでしょうし、一人の若者の人生を狂わせることになっては――、の配慮もあってのことでしょう。売れるまでは苦労が多く、一筋縄ではいかない世界でやり通せるだろうか、という不安も消えません。いろいろ忠告をして、いったんは引きとらせる。楽屋口での直訴なんて場合なら、なおさらです。

京須 偕充(きょうす・ともみつ) 落語プロデューサー
 1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
 有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
 『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。
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