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落語って、こんなにおもしろい

2006年07月24日

プロの落語家第1号・初代三笑亭可楽

 寛政10(1798)年に産声をあげた寄席はその後、庶民に迎えられて順調に発展し、その軒数を増やした、と書きたいところだが、物事は最初から一直線に右肩上がりに進行するものではない――それが実態でした。

 木戸銭(入場料)を客からもらい、そこから演者が報酬を得る。そのための場所が初めて設営されたのが、この寛政10年だったのですが、この寄席第1号は失敗に終わるのです。中心人物だった櫛(くし)職人の又さんこと又五郎(又三郎説もある)はいったん志を断念せざるを得なかった。

 その原因のひとつは“ネタ切れ”だったというのです。持ちネタの数がまだ十分でなく、どうやら客に飽きられてしまったということらしい。

 200年以上前の落語――、いや、まだそんな名称はないのだから「はなし」は、いまの落語とは大違いだったのでしょうね。落語が現行に近い形に整ったのは、幕末から大正期にかけてのことです。初期の頃は表現法――話術もいまとはずいぶん違っていたと思います。

 ネタ切れが挫折の一因だったということは、これは想像ですが、その頃はまだ芸を楽しむのではなく、おもしろくて珍しい「話」を、聞いたことのない「話」を聞く、聞かせることが中心だったのではないか。一度聞いた話はもう一度聞きたくない、それが客のニーズだったのではないか。「はなし」の当て字のようにして発生した文字に「噺」――「口」と「新」から出来た文字がいまだに使われていますが、それはその時代のなごりと見ていいんじゃないでしょうか。

 又五郎が挫折したのは6月(旧暦)のことでしたが、彼は職業を捨て、櫛作りの道具すべてを目黒不動尊に納め、不退転の誓いを立てます。もう職人には戻らない。「はなし」のプロとして必ず身を立てる! それが9月28日、お不動様の縁日。むろん、この3カ月の間に今度こそネタが切れないよう、周到に準備したことでしょう。

 再起の場はどういうわけか江戸を少し外れて日光街道・越ケ谷の宿場。10月1日のことでした。まずは成功を収めます。このとき木戸銭は12文というから、いまに比べてずいぶん安い。落語「時そば」――上方の「時うどん」でご存知のように、(20年ほどあとのことではありますが)、そば・うどん一杯が16文なのですから。(寄席が盛んになってからは木戸銭64文が相場です)

 又さんは江戸へ向かって着実に興行の旅を続け、松戸で初めて芸名を名乗る。「山生亭花楽(さんしょうてい・からく)」。いったん都落ちはしたけれど、山里で芸開いた、という気概がうかがわれます。同時に「山椒は小粒でひりりと辛い」をかけて、洒落ているってわけ。こんな洒落と反骨こそが、現代につながる落語家の名前のスピリットでもあるのです。(埼玉県の越谷を“山里”と言っては叱られますが、まあ、昔のこと、江戸と比べれば、ってことです)

 のちに山生亭花楽は同じ読みのまま字を変えて、三笑亭可楽となります。江戸落語のプロ第1号、初代三笑亭可楽。平成の可楽さんは九代目にあたります。

京須 偕充(きょうす・ともみつ) 落語プロデューサー
 1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
 有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
 『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。
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