江戸時代、寄席は近所で深夜まで
四つ時に出る幽霊は前座なり。
川柳か雑俳(ざっぱい)か、いまでも「お化け長屋」などの落語のマクラに使われることがあって、よく知られた句だ。
ホンモノの幽霊は――、ま、実在すると仮定しての話だが、八つ頃に出るものと相場が決まっている。八つとは、午前でも午後でも2時から4時までの2時間を指す。この場合はむろん午前、いわゆる真夜中の話。
はやばやと四つ、10時から12時までの時間帯に出てくる幽霊は前座だ、というのがこの句の言い分だ。
あ、なるほど。夜半前に出てくるようじゃ、幽霊の新米(しんまい)、初心者ってわけですね。一流のプロの幽霊なら、夜中の3時頃に出てくるってことでしょ?
と、考えるところがアマチュアだな。幽霊になったらプロもアマもあるまいが、生きている人間なら早くアマチュアから足を洗いなさい。洗うのは、足があるうちに限る。
ひどいことを言いますね。なるほど幽霊には足がないもんな……。じゃ、この句の意味は?
夏場、むかしの寄席は納涼の趣向でトリが怪談噺をやった。ふつうにしゃべっているのだが、大詰めで幽霊が登場する場面になると場内を真っ暗にして、ウスドロという不気味な太鼓の連打やネトリという不安な笛の音につれて、焼酎火(しょうちゅうび)が怪しく揺らめき、やがて前座の若い落語家が幽霊の扮装で客席に出没し、客をおびえさす。寄席が一時的にお化け屋敷みたいになるわけだ。そのショータイムが大体四つ頃だった。で、この時分の幽霊なら正体は寄席の前座だ――という句なのさ。
焼酎火って?
ことばのとおり。焼酎を浸した真綿に火をつけると、陰火のように燃える。これを棒の先などに付けて暗闇の中を動かすわけ。明治以降はアルコールを使ったが、名称は焼酎火のままだ。
ついでに四つとか八つとか、よく落語に出てくる時刻の表現を説明してくださいよ。
ごく簡単にすれば、九つに始まって四つで終わる。これが半日、12時間の表現。これを繰り返せば1日になる。0時が九つだ。以下、2時間単位で数値が小さくなるのだよ。八つが2時、七つが4時、六つが6時、五つが8時、四つが10時で、また九つに戻る。じゃ、1時間をどう表現するかと言えば、九つ半が1時で、1時から2時までを“九つ下がり”ともいう。ただし、いまのような正確な分け方ではない。六つ(6時)は朝は明け六つ、夕方は暮れ六つで、それぞれほぼ実際の日の出、日の入りに合わせている。だから夏と冬では昼と夜の刻限の長さが大きく違っていた。非科学的な時刻だけど、これならサマータイムだヘチマだの議論は起きない。落語は、こういう時代に生まれ育ったのさ。
ところで、どうしてこんな話になったのですか?
あ、そうそう。つまりだな、江戸時代から明治の頃は寄席は夜専門の興行だったが、その終演時間がいまよりずっと遅かったということだ。10時台にトリの噺家が怪談噺をやるということは、終演――むかしは芝居同様にハネと言ったが、それはいまの11時がらみだったってことを言いたいのさ。すぐに刀を抜く物騒な江戸時代というのは大誤解で、夜道がそれほど危なくもなかったようだし、それに寄席は市内各所に何軒もあって、客はせいぜい徒歩20分ぐらいで帰宅できる、という状況だったのさ。