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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

扇子の話(5) 棒や槍、刀…

2007年02月23日

 扇子のはなしがだいぶ長くなりましたね。他にも棒や槍、刀……といろいろありってわけでしょう。

 「長い棒状のものは何でも扇子で表現すると言っていいだろう。棒なら門番が突く六尺棒。これは庶民の家でも防犯用に使った。これを使って頑固親父が遅く帰宅した道楽息子を追っ駆け回す『六尺棒』という噺は以前は人気があってよく演じられていた」

 「締め込み」のサゲを導入する心張(しんば)り棒というのは?

 「六尺棒と同じか、似たような棒で、これを入り口の戸や雨戸と柱の間に突っかい棒のように交(か)えば鍵や錠の代わりになって、外から戸が開けられない。庶民の家の戸締まりは通常心張り棒だったのだね。まあ、六尺棒も心張り棒も現代の日常生活には縁が薄い。うどんやそばを伸ばす麺棒(めんぼう)の長いのだと思えばいいだろう」

 刀や槍の場合には扇子がどうしても必要ですね。忘れて高座へ出たら大変だ。

 「アクシデントを期待してはいけない。駆け出しの落語家なら立ち往生ならぬ座り往生をするだろうが、ベテランになれば構えをしただけで刀や槍があるように思わせてしまうだろう。しかし扇子を使えばもちろんいい形になる。『たがや』や『巌流島』で武士が槍を構え、しごくしぐさの妙は正面よりもやや側面から見たほうがいいな。とくに槍の穂先の反対側からだといいポーズに見える。ここで一秒でも二秒でも体がピタッと決まり、一瞬扇子が長い槍に見えるようでなければ一流のはなし家ではないのだ」

 武器の表現としてはそれぐらいのところですか。

 「いやいや、あまり落語には登場しないが、鉄砲なども扇子で表わすよ。六代目三遊亭円生(えんしょう)は『お若伊之助』のときは普通に目のあたりに構えて狙いをつけたが、『鰍沢(かじかざわ)』では腰だめの形で引き金を引いていた。射撃をする者が女だから重くて顔のあたりまで持ち上げたのではかえって狙いがつきにくいという理屈だ。芸の細かさだね」

 刀は長くても短くても扇子でやるのですよね。

 「あまり刀の大小にこだわる噺はないが、切腹に使う九寸五分(くすんごぶ)といわれる小刀も扇子で表す。ほかに、刀ではないが出刃包丁を凶器として振り回す場面がある。庶民の喧嘩なら刀より包丁の方が妥当だろう。刺し身包丁ならともかく、太めで平らな面が広い出刃包丁の表現にはね、扇子の骨を一本か二本開いてつかむのだよ。そうすれば似たような形状になって実感が出る」

 そうか。新作落語には余り喧嘩道具として刃物は出ませんけれど、ナイフも扇子の骨を一、二本開けば表わせるんだ。

 「そういうことだ。ただし、新作落語は現代人が登場するのだから、ナイフなどはなまなましすぎて笑いを遠ざけかねない。人情噺などで相当に過激な場面があっても距離を置いて聞けるのは、舞台が“江戸”だという、古典ならではの効用だろうね」

 ほかに、扇子が表す道具は?

 「いろいろあってとても言い切れない。よく見るものでは金槌(かなづち)。左手に釘(くぎ)を持つ形をして右手の扇子で打つ。しかし、扇子の表現範囲は工具類や金物ばかりではないから、もう少し扇子の話を続けよう」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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