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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

扇子の話(7) ソロバン

2007年03月30日

 「扇子の骨を一、二本開いて逆手に振りかざすと喧嘩場の出刃包丁になると言ったが、これを水平にすれば何になると思う」

 ええと……、その出刃包丁を砥石(といし)で研(と)ぐしぐさ!

 「……ん、なるほど。それが素直なイメージというものかな。まあ『胆潰(きもつぶ)し』などに包丁を研ぐ場面があるにはあるが、ごくまれなケースだね」

 では、よくあるケースは?

 「といったって、そうザラにあるわけでもないがね、包丁を……いや、骨を一、二本開いた扇子を左手に持って水平に構え、右手の指で細かい動きをすれば、ソロバンになる」

 ははあ、これは計算外。

 「つまらない洒落だな。ソロバンといってもね、ひとむかし前までソロバン塾や学校で使われた細長いサイズの、いわゆる四玉(よだま)ソロバンではなく、大判でずんぐりしていて一つ一つのソロバン玉が大きく、しかも下段に五つ並んでいる、また底が箱のようになっていて抜けていない五玉(ごだま)型のソロバンだ。」

 あまり黒とか褐色系でなく、白木の色を生かしているような――。

 「そう、とくに帳場格子(ちょうばごうし)の内側に着物を着て座わっている番頭さんなんかはこれでないと似合わない。勘定取りで外を歩く場合もこのソロバンを手に腰には筆を入れる矢立てと帳面を下げて、という形でないとイメージにならない。学習用のソロバンをイメージするようでは落語の聴き手としてイマジネーションが未熟、それが演者なら落第だな。扇子の構え方からしておかしくなるだろうよ」

 ソロバンの場面の代表格は?

 「近年やり手の多い『壷算(つぼさん)』などがそうだ。容量一荷(いっか)と二荷の壷の値段のマジック――というほどでもないが口車に悩まされた瀬戸物屋の番頭が小僧に大きいほうのソロバンを持って来るように言う。携帯用には小型が便利だが店の帳簿にかかわる大事な勘定はミスが起きないように、つまり隣の玉を弾いたりしないように大型を使う。どちらにしても五玉型だ」

 勘定のミスやごまかしが笑いのタネでしょうから、落語にソロバンとなればたいてい取引場面でしょうね。

 「まあそうだが、『御神酒徳利(おみきどっくり)』の場合はちがうな。ソロバン占いの場面が結構長い。この噺には構成のちがう二通りの版があるが、ソロバン占いをすることに変わりはないね」

 扇子をもっと開くとどうなりますか。

 「少しずつ開いて読み上げれば巻紙の手紙を読む場面になる。短い手紙や証文なら手拭いでも代用可能だが、思いのたけがこもる長い手紙は扇子を開きながらの方が実感も趣(おもむ)きもあっていい」

 全開すれば盃(さかずき)ですね。

 「大きな盃だね。大相撲の優勝力士が大盃に口をつけている映像をテレビで見たことがあるだろうが、少なくとも一升ぐらい入る大きさの盃の場合だ。『試し酒』では少くとも四回、古いやり方では五回も大盃を飲み干すしぐさがある。だんだん辛くなって、演者の顔を隠している全開の扇子がブルブル震える――なんてのは、五代目柳家小さんや三代目古今亭志ん朝ならではの迫力だったよ」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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