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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

手拭いへ行く前に、メガネのはなし(2)

2007年05月12日

 じゃ、しばらくはメガネの話ですか。

 「いや、メガネは考えるためのヒント、サンプルと言ったろう。手短かにいこうね」

 考えてみれば漫才やコント、コメディアンの世界ではずっと昔からメガネ問題なんてありませんね。

 「それどころか、個性的なメガネを売り物にした――メガネで顔を個性化して売り出す手法は昔からある。少し前だが大村崑さん、もっと前ではトニー谷さん。無声映画時代にチャップリンと競った喜劇映画のスーパースター、ハロルド・ロイドのメガネあたりがその元祖になるのかな。『ロイド眼鏡』という通称が生まれたほどだからね。ロイドはチャップリンほどその名が残っていないが、『ロイド眼鏡』の名称は死語ではないはずだ」

 コメディアンはメガネさえも笑いのタネにするのに、なぜ落語家は――というわけか。

 「そう。別の話をもう一つ。大正から昭和前半の名優・初代中村吉右衛門――いまの二代目吉右衛門のおじいさんの自伝に記されていたのだが、楽屋ですっかり化粧をおえ、鬘(かつら)を付け、衣装も身につけて『盛綱陣屋(もりつなじんや)』の主役・佐々木盛綱の心得で舞台に出るのを待っていたが、まだ多少時間に余裕があるのでメガネをかけたままだったというのだ」

 え、まさかそのまま舞台に出たわけでは。

 「察しがいいね。そうなったら大変だ。播磨屋は入魂型の生真面目な人だったらしいから、そんな失態をしでかしたら生きてはいなかったかもしれない。寸前に付き人が気が付いて外して事なきを得たという。大歌舞伎のようにスタッフが贅沢に揃っていてもケアレスミスはゼロとは言えないのだな」

 盛綱は古典悲劇の主人公ですから、メガネをかけていてはお笑いですね。

 「さあ、そこだ。日常メガネをかけている役者でも、その役の人物とは別人なのだから、メガネは外さなければならない。『義経千本桜』の静御前がサングラスを外し忘れて吉野山に現れては客席が黙っていまい。」

 漫才やコントの芸人はまず本人としてステージに出てくるから、メガネを外す必要はない、と。

 「喜劇役者の場合は『役』があるが、大物になると役者に合わせて役が作られるから、ロイドはいつもメガネをかけ、チャップリンはいつも山高帽子、燕尾服にステッキの姿」

 そうかそうか、落語家とはだいぶ前提がちがうんだ。

 「落語家も人物表現の芸談では、役になりきると言ったりもするが、基本が素顔の芸だから、あくまでも“らしく”演じるのであって、扮するということがない。となれば、あまり緻密な工夫も、また逆にタブーもなさそうに見えるだろうが、反面、客席の想像を妨害するようなことや、ものは避ける。それが伝統だったということだ」

 そこにメガネ・コードがあった、と。

 「以前はね、と言っておこう。昭和の名人・六代目三遊亭圓生にメガネ高座への意見を聞いてみたことがある。そりゃあなた、メガネをかけたままで花魁(おいらん)や小町娘を演じても」芸が空(くう)になりますよ、と言っていたね。あの人の繊細流麗で時代色たしかな表現法からすれば、メガネ高座なんてもってのほかというわけだ。昔からメガネでしゃべる噺家(はなしか)にロクな者はおりません、とまで言ったよ」

 なるほど。でも「昔から」メガネの高座はあった――、ということにもなりますね。

 「そう、そこだ。――『え、どこ?』なんて古い落語流のまぜっ返しをまたしたら、この先はしゃべらないぞ」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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