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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

手拭いの話(1)

2007年07月05日

 落語は扮装も背景もなく、素顔で正座を崩さず、つまり表現手段をぎりぎりにそぎ落とした地点で成り立つ芸。だから話術の補助手段としての小道具は扇子と手拭いに限られるということですよね。扇子についてはたっぷりうかがったので、今度は手拭いについてぜひ聞かせてください。

 「いちばんよく見る手拭いの“変身”は財布や紙入れ、そして手紙というところ。そうそう、たばこ入れもあるな。たばこ入れや紙入れは現代の日常生活にはないので、ピンとこないだろうが、落語にはよく登場する」

 はなし家さんがさりげなく懐から畳んだ手拭いを取り出してしぐさをするのは風情がありますね。財布、紙入れ、たばこ入れ、それぞれの説明もお願いします。

 「財布というと、今の人は男物の札入れと連想しがちだね。あれは西洋がオリジナル。江戸時代に紙幣はなかったから、札入れ型の財布はないよ」

 そうか。小判も含めて、金属製の硬貨ばかりですものね。

 「まあ、小判を懐に入れるなんてことは現実的じゃない。芝居や映画、TVドラマは絵になる小判を出したがるが、あれは嘘でね。実際には額型、つまり長方形の一分、二分、一朱、二朱の金貨、銀貨が流通の主体だ。それに円形で穴あきの銅貨。いわゆる文銭。だからね、財布といっても巾着型の、まあ袋のような形状。貨幣がこぼれ出ないように紐(ひも)で開閉をする」

 あ、それで今でも「財布のひも」って言うんですね。

 「そう。西洋伝来の札入れにひもなんか付いていないだろう。ことばだけ残っているのが現状だね。畳んだ手拭いは袋状に見えるわけではないが、はなし家が左手で手拭いをつうかみ、右手の指を入れてまさぐるようにしたり、その手拭いの上下両端をつまむようにして中の金をぶちまけたりすれば、客席から見るとふくらみのある財布に見えてくる」

 『芝浜』でそんな場面がありますね。

 「あの場合、波打ち際からひもをたぐって財布を引き寄せ、中へ手をいれて驚き、わが家に帰って中の金を出す、そして3年後にもう一度――、と手拭いの財布がキーポイントになるね。うっかり手拭いを忘れて高座に出たら、とても『芝浜』はやれないよ」

 紙入れにも、お金を入れることがあったのですか。ときどき噺の中でそう思えることがあるのですが。

 「紙入れは本来、その名のとおり紙を入れるグッズだった。紙といっても、懐紙(かいし)だね。ふところ紙と書くように、まあこれは現代のティッシュペーパーのような役目の紙だ。だから紙入れは身だしなみの用具ということが出来るね」

 落語の『紙入れ』では手紙を入れていますね。

 「ちょっとした書類なども入れることがあった。小物入れとして楊枝なんかも入れる。硬貨は小さいから紙入れに入れることがあった。紙入れは紙ばかりでなく万能小物入れのように使われた。これは現代の名刺入れ、カード入れと札入れの中間のような形で、二つ折れが一般的。三つ折れもあった。皮革製品もあったようだが布張りがふつうだろう」

 形としては巾着袋形の財布よりも手拭いで表しやすそうですね。

 「そう。方形だから畳んだ手拭いに似ている。布張りの紙入れならなおさらだ。『紙入れ』の間男は布の柄から不倫がバレやしないか、おびえる。粋な柄の手拭いで表してほしいものだね」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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