現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>落語って、こんなにおもしろい> 記事

落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

秋の落語(1)―『目黒のさんま』

2007年09月26日

 ようやく秋になりましたね。今までずっと落語の基礎知識を話していただきましたが、これからは季節やタイムリーな話題をテーマにして落語の話を続けたいと思います。落語って、こんなにおもしろい――、というのはこれからですね。まずは秋の落語について。

 「秋の落語といわれても、ちょっと困るところもある。料理などには四季をテーマにした献立があり、俳句にははっきりとした季語というものがある。落語にもむろん季節はあるけど、秋の落語という意識はない。季節を超越した噺もあるし、季節違いの噺を絶対にやってはならぬ、という掟(おきて)があるわけでもない」

 そうですか。読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋といろいろありますけど。

 「寄席の秋、落語の秋は聞いたことがない。暑さが収まってみんな元気になる時期だから、読書にもスポーツにもいいし、芝居や寄席にもいい季節であることに違いはないね。ことさら演芸界では秋、秋と言わないだけだ。まあ興行の世界では語呂で縁起を担ぐことがあるから、商売、つまり商いを大切にしてアキはナイということかね」

 え、それ本当ですか?

 「もちろん駄洒落(だじゃれ)さ。秋を敬遠しているわけではないよ。昔から春に劣らず、寄席は秋に披露の興行をやってきた。この秋も林家木久扇・二代目林家木久蔵の親子ダブル襲名が進行中だ。落語と秋と言われてもと、ちょっと立ち止まったのはね、秋を背景にした噺が意外に少ないからなのだよ」

 『目黒のさんま』がありますよ。

 「そう、それはすぐに思い浮かぶ。だが、あとがなかなか続かないね。春、夏、冬の噺はたちどころに8つも10も並べられるというのにね」

 秋はおもしろくないのですかね。

 「おもしろい季節というのも変だが、まあ落ち着いて、静かで、ちょっと寂しいから落語の舞台にしにくいというところかな」

 たしかに、暑い、寒いというだけでも、そこから落語が始まりそうですよね。

 「苦痛や苦労の反動が笑いでもあるからね。春は暖かくて花が咲いて、そのまま笑いにつながる。しかし秋には秋で、ふっと我に返った静寂の間(ま)に醸(かも)される、深い笑いもあるだろう。そんな味のある噺を秋の落語に見立てるのも、年季の入った落語好きの楽しみだろうよ」

 『目黒のさんま』は落語ファンでなくても知っている落語ですね。

 「コンパクトで、わかりやすくて、案外奥が深いところがある。親しまれているわりには爆笑を得る、大ウケをするという、いわゆる儲かる噺ではないために、若い落語家はあまりやりたがらないが、ちょっと思慮不足だね」

 といいますと?

 「演者の地のしゃべりで進める地噺の要素があるから、大名噺のモードをこわさない範囲で現代風な、また自分独自のギャグを入れる余地がいっぱいある。先人たちのそうした工夫の累積でふくらんできた噺なのだ。三代目三遊亭金馬はこれで大ウケしていたのだよ。八代目林家正蔵や十代目金原亭馬生、先頃引退した三遊亭圓楽は殿様よりも家臣たちの描写に力を入れて、サラリーマンの悲哀さえ感じさせたものだ」

 そういうやり方、聴き方もあるのですね。改めて『目黒のさんま』の聴きどころは?

 「無知で無経験なのに自分が絶対だと思っている人間は見方によって笑いものになる。殿様ばかりじゃないよ。最近、坊ちゃん政治家の実例があったろ。さんまは目黒に限ると信じて、上位の人間の体裁だけは保って宣言なさる。これが一般人から見ればサゲ(オチ)になるというところが、この噺の奥の深さ。海に近くない、だが山奥でもない目黒が魚の本場というところも絶妙な皮肉だね。しかも大名の野駆け、鷹狩りの本場は目黒の台地だったのだから、史実にも反していない」

 目黒でもどこでもいいってことじゃないのですね。

 「『目黒のさんま』は目黒に限る」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

PR情報

落語ってこんなにおもしろい バックナンバー

バックナンバー

このページのトップに戻る