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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

年の暮れと落語(1)

2007年11月30日

 今年も押し詰まってきました。冬と落語について話してください。だけど冬には年末年始を挟んで二つの顔がありますね。まずは年末――暮れと落語についてお願いします。

 「旧暦では今の節分・立春のあたりが正月だったから寒さも少し緩んでくるし、日足も伸びて光の春が訪れる。正月を昔の人が『はる』と呼んだこと、今でも新春、初春、迎春などと言うのは、消すことのできない旧暦文化のなごりだね。旧暦の頃は12月が一番寒かったのだよ」

 正月を迎えることは春を迎えることでもあったのですね。正月の楽しみも今より大きかったんじゃないでしょうか。それにしても年の暮れは借金の催促などがピークの時期で、とくに大晦日(おおみそか)の攻防はいろいろな落語に描かれていますね。

 「昔の決算期は3月末ではなくて年末だった。また大きな取引でなくても、長屋住まいの庶民の味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)の代金もその都度の現金払いではなく、掛け売りといって、とりあえず品物を届け、その明細を帳面に付けておいて毎月の月末にまとめて支払いを受ける方法が主流だった」

 それは住民と店とが顔見知りであってこその話ですね。だから落語のタネにもなるんだ。

 「今みたいにスーパーやコンビニでの買い物が主流になり、遠くの人や行きずりのドライバーも客になると、相手がどこの誰だかわからない取引になる。まして通販やネットでの売買だと売り手と買い手の対面さえない。そこにはそれなりのトラブルや扱う人間の勘違いなども起こるから、落語のタネは無限にあるが、古典的な生活感や地域性にもとずく人間喜劇の基盤としては少し弱くなったと言えるかもしれない」

 古典落語の掛取り噺は地域密着型だから、その攻防が愛すべき喧嘩(けんか)になったり、趣味道楽を武器にしたり、情のある処置がとられたりという展開になるのですね。

 「借金取りをどう撃退するのか、は大きな笑いのタネではあるけれど、それだけではあまり深いところには到達しないね。『芝浜』は暮れの噺の名作の筆頭格だが、年の暮れというのはあくまでもシチュエーションにすぎず、働く者の倫理観や夫婦愛が噺のテーマになっている。やはり人の心を描いていなければ時代に押し流されて、残る噺にはならない」

 暦が変わり取引や売買のシステムが変わっても楽しめるのが暮れの町を舞台にした落語ということですね。まず定番といいましょうか、大晦日の借金取りと言い訳の攻防の噺というと。

 「『掛取万才』が典型的な噺だね。売り掛け代金の掛取りに来る者の趣味――好きなもので気をよくさせて返済の猶予(ゆうよ)を得る。芝居あり義太夫あり万才あり。万才は三河万才という門付け祝儀の芸で漫才の原型だ。この噺は三味線や鳴り物が入るし、演者の芸達者ぶりがみられて楽しい。万才が今は少しわかりにくくなったので省くことがある。その場合の題は『掛取り』」

 他の芸能を入れてリニューアルも可ですか。

 「時代錯誤にならなければね。かつてプロ野球以上に東京六大学野球に人気があった頃――といえば7、80年前の昭和初期だが、横山エンタツ・花菱アチャコの漫才コンビが『早慶戦』というネタで一世を風靡(ふうび)した。そのとき六代目春風亭柳橋は早慶戦を『掛取り』に採り入れて売りネタにした。題も『早慶戦』と改めてね」

 かなり時代錯誤ですけどおもしろそうだ。

 「芸能だから人気が第一。柳橋師匠は戦後になってもこの独自な『掛取り』をやっていたが、楽しかったよ。名物になるくらい売れれば、時代錯誤もまた笑いのタネ。何の問題もなくなるというのが芸能の神通力さ」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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