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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

年の暮れと落語(2)

2007年12月20日

 他に大晦日(おおみそか)の掛取撃退噺はどんなのがありますか。

 「『掛取り』あるいは『掛取万才』の中で狂歌が好きな家主の店賃催促を狂歌で言い訳するコーナーがある。家主も好きな道の話でつい気をよくして、では来春、つまり年明けまで待ってやろうと言う。ここが独立した噺が『狂歌家主』だ」

 そのタイトルではあまり聴きませんね。

 「そうだろうね。最近は『狂歌家主』はあまり高座にかからない。往年の八代目春風亭柳枝がよくやっていた。三遊亭圓楽も若い頃にはよくやっていたよ」

 狂歌は川柳同様に滑稽(こっけい)、諧謔(かいぎゃく)が生命で、スタイルは31文字の短歌形式ですね。

 「そう。川柳は今もなかなかはやっているし、掛取りとは無関係だが『雑俳』という落語もよくやられていて、日本人は17文字、31文字が好きだから、『狂歌家主』も少し手を入れればウケるんじゃないかな」

 『掛取り』系以外の噺では何がありますか。

 「『睨(にら)み返し』、『言訳座頭(いいわけざとう)』あたりだろうか。ともに言い訳のプローーといっては変だが、一件につき、あるいは1時間でいくらという条件で他人の言い訳を引き受ける言い訳屋が登場する。『睨み返し』はその題の通り、次々にやって来る借金取りを無言で睨んで退散させるのだ。不気味にさえ見える無言の行への、借金取り各人各様の反応がおもしろい」

 睨みがきく落語家でないといけないでしょうね。

 「そう。だから誰にでもやれる噺ではない。軽い陽気な芸の人はあまり向かないね。またある程度以上の風格も伴わなければ、無言の睨みの何秒かがもたないし、とても作為的に見えて失敗してしまう。落語経験の薄いファンはとかく自分のひいきの落語家がやれば何でもほめちぎったりするが、この噺などは本来、聴く前から演者の向き不向きがわかってしまうので、ベタホメ情報は流しても無駄というわけだよ」

 誰の睨みがいちばんききましたか。

 「これも芸風、顔かたち、持って生まれた目のかたちで違ってくる。八代目三笑亭可楽と五代目柳家小さんが双璧だった。当代柳家小三治がとてもいい。DVDもある。ただし長いこと睨まずに一瞬の凄みで勝負して、相手の反応との兼ね合いで一つ一つのシーンを作っていく演出法のようだね」

 『言訳座頭』は言い訳上手な按摩(あんま)さんが活躍するんですね。

 「『睨み返し』とは逆に、債権者方を片っ端から訪ね歩いて巧妙な弁舌で、ときには喧嘩(けんか)腰にまでなって言い訳をしてしまう。サゲは二つの噺とも同じだ。言い訳屋が、これから家へ帰って自分の言い訳をする、という結末だね」

 大晦日の噺といえば借金関係の噺ばかりでしょうか。

 「そうでもない。『芝浜』の最終場面は大晦日の夜だ。除夜の鐘も聞こえる時刻まで噺は押し詰まる。それでもやはり大晦日は大きな節目だ。決算がこの日だった昔は、ただ年が改まるだけではなく、そこに人生の節目さえ寄せてストーリーが作られた。樋口一葉の『大つごもり』のような哀しい明治の大晦日もあるが、落語の場合は『芝浜』のように涙のち微笑という展開になるね」

 『文七元結』もそうですね。大晦日の噺ではないのでしょうけど、大晦日目前の人間ドラマ。

 「昔はね、元日にみんながそろって一つ年をとった。それだけでも今の大晦日・元日よりずっと人生を感じる一日だったのだよ」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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