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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

雪の噺(3)

2008年03月06日

 3月になって少し春めいてきました。春の雪ということもよくありますが、今回で雪と落語についての話はおしまいですか。

 「そうしよう。桜の花に雪が積もることもあるけれどね。『鰍沢(かじかざわ)』は甲州――山梨県の地名が題名になっているのだから雪国が舞台ではないが、大雪で道に迷った旅人が恐怖の体験をする噺だ。雪の中の一軒家での恐怖といえば『江島屋騒動』の一部にもあるが、『鰍沢』のほうがずっとドラマティックだ」

 『鰍沢』も『江島屋騒動』も三遊亭圓朝の作だと聞きましたが。

 「そう。『江島屋騒動』は正式には『鏡ケ池操松影(かがみがいけみさをのまつかげ)』という長い噺だが、『鰍沢』は一席物の人情噺だ。三題噺(さんだいばなし)からの成り立ちだそうだ」

 三題噺というと、お客から題材を三つもらって、その場で即席に作って演じる噺ですよね。

 「原理的にはね。とはいってもそう簡単に出来るものじゃないから、前座があらかじめ客から公開でリクエストをとる。五つか七つかをもらって楽屋にいるトリの真打にそれを持っていく。真打はそこから三つを選んで自分の出番までに構想を固めて、その三題が入った噺にして語り下ろすというわけだ」

 それは大変な作業ですね。

 「まあ大変だが、既成の噺や伝承をうまく一席にまとめる一種のパターンのようなものは心得ていたようだね。三つの題材は必ずしも重要な要素にならなくてもいいのだし、まあ、あくまでも当日の試作試演にとどまるものだよ。そんな中でもちょっとアイデアのおもしろい噺をあとでじっくり磨いたものが今日に残っている。他には『芝浜』などがあるね」

 『鰍沢』の三題とは?

 「小室山(こむろさん)の毒消しの御符(ごふ。習慣的には「ごふう」)、玉子酒、熊の膏薬(こうやく)だそうだ。法華(日蓮宗)の総本山・甲州身延山(みのぶさん)久遠寺(くおんじ)に参詣の帰途、大雪で道に迷った旅人が山中の一軒家に救いを求める。亭主の留守を守っていた女が3年ほど前に出会った吉原の女郎だった。愛人と江戸を落ちのびてここに隠れ住んでいるという。

 旅人の所持金に目をつけた女は玉子酒に毒を入れて飲ませ、殺そうと図るが元来下戸(げこ)の旅人は少ししか飲まずに眠ってしまう。亭主に飲ませる酒が足りなくなったので女は買いに行き、その留守に帰ってきた亭主が玉子酒を飲んで苦しみ出す。この亭主は生薬(きぐすり)屋の出身で熊の膏薬を作って生計を立てていた。旅人も少し毒にやられているが毒消しの御符を口に入れてお題目(南無妙法蓮外経)を唱えながら雪の中を逃げる。

 女は亭主の敵(かたき)だと鉄砲を手に追ってくる。旅人は断崖絶壁に追いつめられて……というわけだ。ストーリーは殺伐としているが深い雪の中というだけでまるで心理的風景が変わるのだからおもしろいものだ」

 そうか。雨の中よりも、春や夏の山よりもってことですね。さすがは名作!

 「大雪なので一度歩いたことのある道なのに迷ったというわけだね。金も命も奪おうという恐怖のストーリーが雪の作用でロマンを帯びる。芝居や映像とちがってことばで情景を述べるだけなのだが、それだけにまた心理的効果は大きいのだね」

 なるほど、雪が僕らのロマンを呼び覚ますのですね。

 「まあ、それほどのこともないよ。『三人旅』の旅人が作る都々逸(どどいつ)、『雪のだるまを口説いてみたら なんにも言わずにすぐ溶けた』あたりのほうが、もっと大切で普遍的な落語のエスプリだろうよ」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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