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落語ってこんなにおもしろい

文・京須偕充

初夏の話(1)

2008年05月02日

 花見が終わって新緑の季節になってきましたね。そして連休、いよいよアウトドア・シーズンの到来です。

 「アウトドアとはいうが、連休中でも東京の寄席は正月に劣らない掻き入れ時だよ。出演者も顔ぞろいでで対応するのが毎年の例だ。落語芸術協会の真打昇進興行はいつも五月上席の新宿・末広亭が振り出しと決まっている」

 今年も三遊亭遊馬、神田ひまわり改メ日向ひまわり、古今亭錦之輔改メ六代目古今亭今輔の真打披露興行ですね。今輔の名跡復活は32年ぶりだとか。

 「先代(五代目)が亡くなったのは1976年の暮れだった。ちょっとせっかちなしゃべり方と明るいガラガラ声の、血色のいいご老体だったね。一本気に新作落語で押し通して桂米丸や三代目三遊亭圓右のような大物の後継者を育てた。特に「お婆さん落語」の一連の新作が看板だったが、実は古典もやっていて、『ねぎまの殿様』『もう半分』『藁人形』『馬の田楽』『塩原多助』などは印象に残っているよ」

 季節が春から初夏へと移りますから噺のメニューも変わってきますね。

 「まず連休を締めくくるこどもの日にゆかりの噺がある。むろん、こどもの日というのは昭和戦後の名称だよ。昔は五月の節句、端午の節句、あやめの節句とかいった。いわゆる五節句の一つだね」

 五つも節句があるのですか。

 「一月一日、三月三日、五月五日、七月七日、そして九月九日。いちばんおしまいの九月九日を除いては今も昔ながらの行事が根強く残っているから説明は省くが、九月九日は菊の節句だ。中国では今でも重陽節として祝われているのではないかな。日本ではいつの頃からか四と九の数を忌む気分があるが、古来中国では九は陽の数で、その九が重なる九月九日はとりわけおめでたいとされたのだ」

 陽が重なるので重陽(ちょうよう)ですね。

 「まあ、どれもこれも旧暦の話だがね。旧暦でなければ桃の節句(三月三日)にはまだ桃の花が咲いていないこともある。五月のあやめ、九月の菊も同じことだ。日本の文化は旧暦で育まれたから、明治六年以降の太陽暦とはチグハグになることが多いのだよ」

 たとえば?

 「五月晴れというと今は五月の爽やかな晴天を指す。本来は旧暦五月、つまり今の六月の、貴重な梅雨の晴れ間のことだった。五月雨(さみだれ)はまさしく梅雨の雨のことだった」

 『五月雨を集めて早し最上川』という芭蕉の句は梅雨の風景なのですね。となると、鯉幟り(こいのぼり)も梅雨の空を泳いだってこと?

 「そう。梅雨の初期だろうか。雨が上がらなければ鯉幟りの吹き流しは出来ないので、五月晴れはとても貴重だった。落語にも『五月幟り』という噺があるが、最近はやる人が少ない」

 五月人形・武者人形の噺もありますね。

 「『人形買い』がそれだ。なかなかおもしろい噺だが、神功皇后の人形などが今はピンとこないし、買物上手の兄貴分に一緒に行ってもらうという噺の前提は『壷算』にお株を奪われたかたちだな。『雛鍔(ひなつば)』という噺はお屋敷の若様が穴アキ銭をお雛様の刀の鍔(つば)か、と見間違えることが題材になっていて、お雛様というとふつうは三月・桃の節句に飾るものだから、この噺は春の噺に分類されているが、五月の武者人形の刀の鍔と考えたほうが自然のように思うな」

 どうしてですか?

 「若様は男の子だし、穴アキ銭ぐらいの大きさの鍔となると武者人形のほうがそれらしい。雛は人形の総称のようにいわれる場合もあるので、『雛鍔』は五月の噺と思いたいね」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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