イスラエル国際ハープ・コンクールで、最年少で優勝したのは17歳の時だった。それから20年、「ハープの申し子」は今や押しも押されもせぬ国際的ソリストに成長した。
感慨も深かろうと思いきや、「3度の食事のようにハープを弾いてきたので、演奏活動20年と言われてもピンとこないんです」と屈託がない。
母の奏でるハープの音色を子守歌代わりに育ち、父の米国転勤に伴い、6歳から名伯楽スーザン・マクドナルドに師事した。「1、2週間旅をして楽器に触れなくても不安にならない」の言葉通り、ハープは体と溶け合った存在なのだ。
クレーメル(バイオリン)、アーノンクール(指揮)、ランパル(フルート)ら、名だたる音楽家たちと渡り合ってきた。個性派の共演者らの共感を誘ったのは、芯の強さを内に秘めた自然体での演奏だ。
「共演の時は自分の個性を決めつけず、まず相手をじっくり観察して、どうすればその思いに添えるかを考えてきた。親にあたる世代の名人たちと音楽で対等に付き合え、彼らの音楽性や人間性を吸収できたのは幸運でした」
14日を皮切りに2月、3月と東京で開く記念リサイタルは、ハープで弾くピアノ作品、現代作品、ハープのオリジナル曲の三本柱になる。ハープが現在の形になったのは19世紀初頭で、ペダルのアクションが一段階増え、ピアノとほぼ同じ機能と音域を持つようになった。こうした改良の遅れで、他の楽器に比べてオリジナルの名曲が少ないのが悩み。
「モーツァルトの《フルートとハープのための協奏曲》は確かに名曲です。が、当時のハープは機能的に制限があったためか名手も少なく、彼はハープの曲を1曲しか残していません。ハイドンやモーツァルトの時代に今のハープがあったら、どれだけ多くの名作が生まれていたことか」
とはいえ、武満徹「そして、それが風であることを知った」、高橋悠治「Insomnia」、細川俊夫「ハープ協奏曲」など、現代作品との恵まれた出合いは、その悩みを補って余りあるものだろう。
「ハープの生理を熟知した作曲家との共同作業は実に楽しい。美しい響きを生かした同時代の作品がもっと多く生まれてほしい」
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よしの・なおこ 67年生まれ。85年、イスラエル国際ハープ・コンクールで優勝後、本格的活動を開始。ザルツブルク、ルツェルン、ロッケンハウスといった国際的音楽祭に度々招かれ、欧米の一流オーケストラとも共演を重ねてきた。