モーツァルトやバッハの音楽を、当時の楽器やスタイルで演奏する「古楽」。学究的な薫りがするこの古楽の演奏会で、弾きながら舞台をうろついたり、即興的に別の音楽を挟み込んだりと、聴衆を驚かせるような演奏家が、最近目立つ。こうした遊び心に満ちた自由奔放な“逸脱”は、クラシック音楽に何をもたらすのだろうか。
4人の奏者が口笛で合奏し、2本のリコーダーをくわえて器用に「二重奏」を披露する。大道芸さながらに奏でられるのは、バロック音楽の代表格といえるビバルディの「四季」――。
先月来日し、全国各地を巡演したイギリスの古楽グループ「レッド・プリースト」の公演風景だ。最後は舞台からひとり、またひとりとこっそり姿を消し、残ったチェンバロ奏者がそれに気付いて大あわて、というパフォーマンスで聴衆を笑わせた。
編成はリコーダー、バロックバイオリン、バロックチェロ、チェンバロと極めてオーソドックス。だが、97年の結成以来、こうしたとっぴなスタイルを貫いている。リーダーのピアーズ・アダムスは「単純に過去の音楽を再生することは芸術に対する責任放棄。文献ではなく、バロックの精神をよみがえらせることが目標」とプログラムのインタビューで語る。
ブラジル生まれのチェンバロ奏者、ニコラウ・デ・フィゲイレドは暴れ馬のようなスピードで、バッハと同世代のイタリアの作曲家、スカルラッティを弾きまくる異色のCDを03年に出し、先月東京都内で開かれた「目白バ・ロック音楽祭」にもゲストとして招かれた。古楽の権威グスタフ・レオンハルトに師事、多くの国際コンクールを制覇してきたエリートだが、細かい時代考証はさておき、とでもいうように即興的に自在にテンポを揺らす。
5月に来日し、東京や水戸でリサイタルを開いたドイツ出身のフォルテピアノの名手、アンドレアス・シュタイアーは、モーツァルトの「トルコ行進曲」を原曲が分からなくなるほど大胆にアレンジする。今日はどんな「トルコ行進曲」が聴けるのか、というのが、いまやファンの最大の関心事だ。短調の曲を長調にして弾いたり、大げさな身ぶりで不協和音を鳴らしてみたり。まじめな表情でのおふざけに、客席からはくすくす笑いが絶えない。
日本でも古楽グループ「アントネッロ」が、ポルトガルの「フォリア」やペルーの「チャコーナ」などの舞曲を古楽器で大胆に演奏、高い評価を得る。
彼らに共通するのは即興性、そして感覚的な喜びを優先する点だ。
古楽研究の第一人者、金澤正剛さんは、こうした動きを「『復元』への厳密さを求める姿勢が強く、音楽性があとまわしになりがちだったこれまでの古楽へのアンチテーゼ」と分析する。
クラシック音楽の根幹を成すのは楽譜の再現であり、古楽も本来は、そうした側面を色濃く映し出す学究的なアプローチのたまものだった。しかし「作曲家の思い=楽譜上の音符」となる近代とは異なった、バロック時代の楽譜が示す即興への自由さに注目する古楽奏者が増えてきた。
金澤さんは「演奏習慣を厳密に研究すればするほど、即興のあり方に関心がいく。それを、彼らは実にうまく自らの遊び道具にしている。こうした『逸脱』が、現在のクラシック音楽に欠けている何かを思い出させてくれる」という。
異様に権威的なクラシック界に風穴を開けたい、との思いを「アントネッロ」のリコーダー奏者、濱田芳通はこう語る。
「大切なのは、自由をとことん許すバロック時代の精神。民族音楽やポピュラー音楽などからもヒントを得つつ、作品を解放したいんです」