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週刊人間国宝
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今週のわざ長唄

竹内道敬 元国立音楽大学教授

 日本音楽は基本的に声楽曲で、声を優先させる。それは大きく語り物(かたりもの)音楽と唄い物(うたいもの)音楽とに分けられる。語り物音楽とは、物語に節(ふし)をつけて語る音楽(唄うとはいわない)で、たとえば平家琵琶(へいけびわ)、能、義太夫節(ぎだゆうぶし)、一中(いっちゅう)節、河東(かとう)節、常磐津(ときわづ)節、清元(きよもと)節、新内(しんない)節などで、伴奏に三味線を使う三味線音楽では、「○○節」というのが原則である。 [全文を読む]

今週紹介の人間国宝吉住慈恭 / 七世 芳村伊十郎 / 十四世 杵屋六左衛門 / 日吉小三八 / 杵屋佐登代 / 杵屋喜三郎 / 東音宮田哲男 / 山田抄太郎 / 杵屋栄二 / 三世 今藤長十郎 / 今藤綾子 / 杵屋五三郎 / 堅田喜三久

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【国立劇場】
 小劇場は邦楽演奏会に最適な規模(客席数590)の劇場として、年間を通じて数々の長唄演奏会が開催されている。 国立劇場主催の「三味線音楽の歴史」や「長唄の会」など、人間国宝が出演する公演も定期的に開催されている。 [全文を読む]

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【本】
『芸の心』著:吉住慈恭 毎日新聞社 1971年 580円(品切れ)  長唄の巨星・吉住慈恭が95歳で亡くなる前年に出版された芸談。 生涯と長唄への思いを語り下ろした、近代長唄の歴史をつぶさに知る一冊。 [全文を読む]

今週の人間国宝名鑑

◆吉住慈恭(よしずみ・じきょう)

1956年認定 1876.12.15−1972.2.27

三世吉住小三郎について長唄の修行をはじめ、1890年歌舞伎座音楽部に入り、四世小三郎を襲名。1902年長唄研精会(けんせいかい)を創設し、明瞭な発音や節回しの長唄を普及発展させた。57年文化勲章を受章。63年慈恭と改名。

◆七世 芳村伊十郎(よしむら・いじゅうろう)

1956年認定 1901.8.23−1973.9.20

八世芳村伊四郎の養子になり、持ち前の美声と繊細艶麗な唄い方で、長唄の第一人者となる。1938年九世伊四郎を、51年七世伊十郎を襲名。研究熱心で新作も多数手がけ、『勧進帳』『二人椀久(ににんわんきゅう)』などを得意とした。

◆十四世 杵屋六左衛門(きねや・ろくざえもん)

1974年認定 1900.10.6−1981.8.23

江戸長唄宗家に生まれ、11歳で初舞台。1916年十四世六左衛門を襲名。代々の三味線方から唄方に転じ、父・杵屋寒玉、四世吉住小三郎(慈恭)にも師事した。繊細華麗な独自な芸風をつくる。『壇ノ浦』など多くの新曲もつくった。

◆日吉小三八(ひよし・こさはち)

1974年認定 1907.9.5−1995.2.16

幼少より長唄を習い、四世吉住小三郎(慈恭)に師事。1924年吉住小三八の名を許され、長唄研精会に入る。戦後、師の小三郎から離れ、古典長唄や稀曲を復活演奏。69年日吉流を樹立し、70年日吉小三八と改名。

◆杵屋佐登代(きねや・さとよ)

1987年認定 1911.1.6−1997.10.18

幼少から長唄を修業し、1916年四世杵屋佐吉に入門。23年初舞台。早くから頭角を現し、四世佐吉の作品ですぐれた演奏をおこない、舞台、放送、レコードなどで幅広く活動。古典だけでなく、新作も数多く制作、演奏した。

◆杵屋喜三郎(きねや・きさぶろう)

1997年認定 1923.11.21−

十四世杵屋六左衛門の長男で、幼少より長唄を習う。1930年十五世杵屋吉之亟を襲名。東京音楽学校に進み、長唄三味線の山田抄太郎の指導を受け、42年十五世杵屋喜三郎を襲名。伝統的な技法を高度に体現。長唄協会名誉会長。

◆東音宮田哲男(とうおんみやた・てつお)

1998年認定 1934.3.25−

1950年稀音家六幸治(きねや・ろくこうじ)に入門し長唄の修業をはじめ、その後、八世稀音家三郎助(さぶろうすけ)に師事。53年東京藝術大学に入学し、山田抄太郎に学ぶ。同校研究家で長唄の音楽的研究に取り組む。生来の美声で活躍している。

◆山田抄太郎(やまだ・しょうたろう)

1955年認定 1899.3.5−1970.6.8

三世杵屋六四郎(稀音家浄観)の門弟で、1913年杵屋六次を名乗り長唄研精会に入会。歯切れのよい撥(ばち)さばきで第一人者となる。『夜遊楽(やゆうらく)』『胡蝶舞』などを作曲。51年本名にもどり独立。長年、東京藝術大学で教えた。57年東音会を創立。

◆杵屋栄二(きねや・えいじ)

1964年認定 1894.2.15−1979.3.10

三世杵屋栄蔵の門弟となり、1913年栄二を名乗る。37年から中村吉右衛門劇団で歌舞伎長唄の発展に尽力。柔らかな音色と堅実な撥(ばち)さばきに特色があった。歌舞伎や長唄の古典復活や作曲、「栄二譜」とよばれる独特な記譜も手がけた。

◆三世 今藤長十郎(いまふじ・ちょうじゅうろう)

1984年認定 1915.10.22−1984.8.4

二世今藤長十郎の次男で、幼少より父の薫陶を受ける。1920年『雛鶴三番兜叟』で初舞台。42年三世今藤長十郎を襲名。華やかさのなかに滋味あふれる芸風。洋楽との接点も探求し、『心の四季』などの新曲をつくった。

◆今藤綾子(いまふじ・あやこ)

1987年認定 1906.2.20−2003.3.29

父は二世今藤長十郎、実弟は三世長十郎。幼少より父や祖母から長唄三味線を習い、1920年初世杵屋五三郎(ごさぶろう)に入門。のちに杵屋勘次や杵屋佐登代と演奏活動。三世長十郎の作品を演奏、古典曲の発掘、復活にも努めた。

◆杵屋五三郎(きねや・ごさぶろう)

1989年認定 1918.12.11−

長唄囃子方の望月長之助の次男。1933年初世杵屋五三郎に入門。三味線の音締めのよさで早くから注目され、『日月星(じつげつせい)』などを作曲。78年三世五三郎を襲名。古典の継承に努め、大曲、秘曲、難曲を積極的に上演する。

◆堅田喜三久(かただ・きさく)

1999年認定 1935.9.8−

1951年三世堅田喜惣治(きそうじ)に入門し長唄鳴物の手ほどきを受け、翌年国際劇場で初舞台を踏む。53年三世堅田喜三久を襲名。以後、独学で修業を重ね、小鼓、大鼓、太鼓の長唄鳴物のフリーの代表的演奏者になる。

2006年07月18日

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