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週刊人間国宝
工芸技術 陶芸(8)

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今週のわざ鉄釉陶器

金子賢治 東京国立近代美術館工芸課長

 鉄釉(てつゆう)は鉄(酸化鉄)を呈色剤(ていしょくざい)とする釉の総称で、それを施し高火度焼成(しょうせい)したものを鉄釉陶器と称する。釉中の鉄分量によって、1パーセント程度では薄い黄色を呈し、5パーセント程度で褐色となり、10パーセントほどで黒褐色となり、それを超えるとチョコレート色の被膜を生じ、いわゆる柿色を呈す。 [全文を読む]

今週紹介の人間国宝石黒宗麿 / 清水卯一 / 原清

もっと知るために

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【伝統を学ぶ】

 京焼(きょうやき)の中心地だった五条坂(ごじょうざか)に建つ文齋窯(ぶんさいがま)は、にぎやかな声に包まれていた。 「楽しく作ることがモットーですから」と、にこやかに語るのは、講師の小川文齋(おがわ・ぶんさい)先生だ。 [全文を読む]

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【博物館・美術館・ビデオ・本・買う】

【博物館】
射水市新湊博物館  国指定重要文化財である「高樹文庫(こうじゅぶんこ)」資料を中心に、地域の歴史、芸術文化、生活に関する資料を展示している。 射水(いみず)市出身の石黒宗麿(むねまろ)については「千点文平(せんてんもんひら)茶碗」「失透釉壺(しつとうゆうつぼ)」など陶芸作品77点、書画11点、関係資料数百点を所蔵しており、常時数点の作品を展示している。 [全文を読む]

今週の人間国宝名鑑

◆石黒宗麿(いしぐろ・むねまろ)

1955年認定 1893.4.14−1968.6.3

富山県生まれ。1927年京都・蛇ケ谷に工房をかまえ、35年に京都・八瀬に登り窯を築く。独学で柿釉を完成させ、古陶磁の技法を駆使して木葉天目を再現させるなど、鉄釉技法にすぐれた成果をみせた。

◆清水卯一(しみず・ういち)

1985年認定 1926.3.5−2004.2.18

生家は京焼陶磁器卸問屋。石黒宗麿に鉄釉陶器などの技法を学んだのち、京都国立陶磁器試験場などをへて、1945年五條町に築窯し、作陶生活に入る。中国・宋時代の鉄釉陶器に鮮麗な近代的感覚を加味。70年京都から滋賀に窯を移した。

◆原清(はら・きよし)

2005年認定 1936.2.28−

島根県生まれ。1954年、京都で石黒宗麿の内弟子になり、のちに清水卯一に師事。65年東京・世田谷に窯を築き、独立。のち埼玉県に窯と工房を移す。釉薬に含まれる鉄分などによって変化する鉄釉技法を駆使して作陶。

2006年12月26日

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