- ◆富崎春昇(とみざき・しゅんしょう)
1955年認定 1880.9.12−1958.2.2
大阪市生まれ。父は文楽の人形遣い吉田玉助。5歳で失明、8歳で富崎宗順に入門し地歌、箏曲などを習う。富吉春琴を名乗り、1906年富崎春昇と改名。18年東京に移住。枯淡のなかに華麗さのある演奏をした。
- ◆富山清翁(とみやま・せいおう)
1969年認定 1913.10.5−
大阪生まれ。富永敬琴から地歌と生田流箏曲を学び、1930年富崎春昇に入門、薫陶を受けて春昇の伝承する地歌の秘曲、古典のすべてを伝授された。48年独立して家元になり、地歌の第一人者として活躍。2000年に清琴から清翁に改名。
- ◆菊原初子(きくはら・はつこ)
1979年認定 1899.1.17−2001.9.12
幼少から父・菊原琴治に箏曲を、祖父・菊植明琴に三絃を習う。野川流地歌三絃秘曲、生田流箏曲組唄全曲を伝承し、また菊原家のみに伝承されている稀曲全曲も習得し、関西における地歌の第一人者として活躍した。
- ◆藤井久仁江(ふじい・くにえ)
2002年認定 1930.8.15−
幼少より母・阿部桂子から九州系地歌と生田流箏曲を習い、1935年から箏曲を宮城道雄に、36年地歌を川瀬里子に師事して本格的な修業につとめる。地歌の伝統的技法を高度に体現し、すぐれた演奏家になる。
- ◆越野栄松(こしの・えいしょう)
1956年認定 1887.3.19−1965.6.1
1902年四世山木千賀の内弟子となり、山田流箏曲の古曲の多くを伝承。流祖の「四つもの」(熊野・小督曲・長恨歌・葵の上)や「七曲」などの伝承に努めた。山田流免状所載の組唄36曲に『四季源氏』などの秘曲も伝えた。
- ◆初代米川文子(よねかわ・ふみこ)
1966年認定 1894.6.15−1995.5.31
岡山県生まれ。4歳で生田流箏曲を習いはじめ、1905年上京し、箏、三絃を修業。のちに地歌を富崎春昇、三味線組唄を田中梅と菊原琴治から習う。地歌、箏曲の古典伝承に努め、気品のある高い芸格に到達した。
- ◆中能島欣一(なかのしま・きんいち)
1966年認定 1904.12.16−1984.3.19
山田流箏曲中能島派の初世家元、中能島松声の孫で、5歳から箏を学ぶ。長唄、一中節なども習得。1928年四世家元を継承。箏・三絃の演奏だけでなく、作曲にも積極的で新邦楽、現代邦楽の中心的人物だった。
- ◆二代上原真佐喜(うえはら・まさき)
1970年認定 1903.12.10−1996.5.11
幼少より父・初世上原真佐喜のもとで山田流箏曲、三絃を習得。長唄、河東節、一中節も学んで、1933年二世を襲名。美音での唄物を得意とし、山田流古典曲の演奏だけでなく、作曲活動でも多くの名作を残した。
- ◆宮城喜代子(みやぎ・きよこ)
1983年認定 1905.3.2−1991.2.19
大津市生まれ。筝曲家、作曲家の宮城道雄の姪で少女期から宮城の門下になって修業。地歌三絃も学び、宮城の新曲や古典曲の採譜に従事。常に師の身辺で教えを受け、1956年宮城の急死後は、宮城の作品を正しく伝承した。
- ◆中田博之(なかだ・ひろゆき)
1990年認定 1912.12.25−2000.12.8
1927年越野栄松に入門し、山田流箏曲を学ぶ。越野の伝承してきた古典曲すべてを継承。山田流の「歌もの」ですぐれた演奏活動を継続した。東京音楽学校で作曲を学び、伝統を現代に生かす多くの作品を作曲した。
- ◆米川敏子(よねかわ・としこ)
1996年認定 1913.2.2−2005.12.13
幼少より生田流箏曲の父・米川琴翁の手ほどきを受け、小学生でラジオ放送に出演。作曲を平岡次郎に学び、1939年の処女作『苔水』を作曲して以降、多くの作品を発表し、現代邦楽の創作活動の中心的存在となった。
- ◆六代山勢松韻(やませ・しょういん)
2001年認定 1932.12.6−
幼少から実姉・五世山勢松韻に山田流箏曲を学び、1960年東京藝術大学を卒業後、山勢司都子の芸名で活動。さらに同大学大学院で伝統音楽を研究、山田流箏曲の伝統的技法を体得し、演奏活動をつづける。2000年六世山勢松韻を襲名。
- ◆初代納富寿童(のうとみ・じゅどう)
1967年認定 1895.10.20−1976.2.24
尺八の名手、三世荒木古童の内弟子になり、師の芸風を継承。1921年古童の死去により、琴古流荒木派を総括。琴古流本曲36曲と生田流、山田流の外曲を伝承し、『吟竜虚空』『鹿の遠音』などを愛好した。芸風は重厚かつ流麗。
- ◆島原帆山(しまばら・はんざん)
1982年認定 1901.9.16−2001.12.15
明治期に都山流を創設した中尾都山の直門となり、尺八の名人である師の芸風を継承。都山流本曲62曲のほか、地歌、生田流、山田流の外曲も伝承。演奏は音量が豊富で重厚かつ流麗。『岩清水』『八重衣』などを得意とした。
- ◆山口五郎(やまぐち・ごろう)
1992年認定 1933.2.26−1999.1.3
父・山口四郎から琴古流尺八を習い13歳で初舞台、14歳で放送に初出演など若い時から活躍。琴古流本曲を伝承し、外曲の尺八・箏・三絃の三曲合奏にもすぐれた。1963年琴古流竹盟社を継承。清冽な響きのなかに重厚な趣を伝えた。
- ◆二代青木鈴慕(あおき・れいぼ)
1999年認定 1935.10.4−
幼少から父・初世青木鈴慕に琴古流尺八を学び、1975年二世青木鈴慕を襲名。以後、一門を束ねている。琴古流のすぐれた演奏家として独奏、合奏活動をするだけでなく、箏・三絃との三曲合奏でも演奏成果をあげている。
- ◆山本邦山(やまもと・ほうざん)
2002年認定 1937.10.6−
幼少から都山流尺八奏者の父・初世山本邦山の手ほどきを受け、1946年中西蝶山に師事。58年二世山本邦山を襲名。尺八独奏や合奏だけでなく、箏・三絃との合奏でもすぐれた演奏成果を示す。99年から2005年まで東京藝術大学教授。