江戸の荒事
山田庄一 元国立劇場理事
1603年(慶長8)、京都・四条河原(しじょうかわら)で興行して大当たりを取った出雲(いずも)の阿国(おくに)は、それから4年後には江戸に下って「かぶき踊り」を演じた。これにより江戸でも歌舞伎の興行が行われるようになり、1624年(寛永元)には初代中村(猿若(さるわか))勘三郎(かんざぶろう)が中橋(なかばし)に猿若座を開いた。
当時はまだ女歌舞伎や若衆(わかしゅ)歌舞伎の時代であったが、相次ぐ禁令により野郎(やろう)歌舞伎として物真似狂言尽(ものまねきょうげんづ)くしが中心となると、武家社会に基盤を置く新興都市江戸の民衆には、阿国以来の傾城(けいせい)買いのような軟弱な芸は喜ばれなくなった。それは歌舞伎とほぼ同時代に始まった人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)も同様で、上方(かみがた)では哀れを誘う「かるかや」「信太妻(しのだづま)」などの説経節(せっきょうぶし)や、「泣き節」と呼ばれた艶麗な文弥節(ぶんやぶし)が好まれたのに対し、江戸では坂田金時(さかたの・きんとき)の子金平(きんぴら)が悪者や化物を退治する豪快な金平節が人気を集めていた。
こうした時流に乗って生まれたのが荒事(あらごと)である。その始めは1673年(延宝(えんぽう)元)、初代市川團十郎(いちかわ・だんじゅうろう)が中村座で『四天王稚立(してんのうおさなだち)』の坂田金時を演じるに当たって、紅と墨で顔を隈取(くまど)り、童子格子(どうじごうし)の着付(きつけ)に丸ぐけの帯、大鉞(おおまさかり)を持って立ち回り大好評を博したという。これが團十郎の初舞台で14歳だった(26歳、市村座『金平六条通(きんぴらろくじょうがよい)』とも)。 当時ほとんどの役者が上方下りだった中で、團十郎は「江戸根生(ねおい)」として、荒事は市川家の看板であり江戸歌舞伎の象徴となったが、この演技は前述の金平浄瑠璃に負うところが大きかった。続く二代目が隈取や演技にさらに工夫を加えて、洗練させた。荒事の特徴は隈取のほか、三本太刀(さんぼんだち)や仁王襷(におうだすき)のように誇張した扮装(ふんそう)、形の美しい各種の見得(みえ)などで、子どもの気持ちで演じるという。七代目團十郎が選んだ「歌舞伎十八番」の全曲に荒事の演技が含まれているのは当然だが、上方生まれの義太夫(ぎだゆう)狂言も『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の和藤内(わとうない)、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』「車引(くるまびき)」の梅王(うめおう)、松王(まつおう)などに荒事の演技を採り入れ、現在はそれが標準的な演出になっている。
2006年08月29日
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