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週刊人間国宝

鍛金と銅鑼

白石和己 山梨県立美術館長

 鍛金(たんきん)は金属を金鎚(かなづち)などで打って、延ばしたり、絞ったり、曲げたり、接合(せつごう)したりして成形する技法である。古墳時代にすでに用いられており、出土品の武具や馬具などに、鍛金で制作されているものが見られる。その後も甲冑(かっちゅう)や刀剣などの武具、仏像仏具など仏教関係の作品、鍋、釜(かま)といった日用品から花瓶、置物などまで多様な分野の作品が制作されている。明治時代になると社会の大きな変化により、金工は苦難の時代を迎えるが、こうしたなか黒川栄勝(くろかわ・えいしょう)、平田宗幸(ひらた・むねゆき)や加賀(かが)の山田宗美(やまだ・そうび)らの鍛金家が活躍し、その後も平田の弟子の石田英一(いしだ・えいいち)らが新しい時代を担っていった。こうした人々の努力によって、鍛金は重要な工芸分野として認められるようになった。

 戦後になって新しい時代を迎え、鍛金の分野では新潟県燕(つばめ)市の玉川覚平(たまがわ・かくへい)ほか7人が「燕の鎚起(ついき)銅器の製作技術」で1980年(昭和55)に「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」の保持者に選択された。また名古屋の寺西宗山(てらにし・そうざん)が「流し込み象嵌(ぞうがん)」「鑞付(ろうづ)け透(すかし)」と合わせて「鉄の袋打(ふくろう)ち」技術によって同じ無形文化財の保持者に選ばれている。「鉄の袋打ち」は赤熱(せきねつ)した鉄を打ち延ばし、金鎚で打ちながら中空にして丸めていく技法で、茶(ちゃ)の湯釜(ゆがま)の鐶(かん)(釜を持ち上げるための金属の輪)や鉄瓶(てつびん)の鉉(つる)(取っ手)の制作に用いられる。

 銅鑼(どら)は音響の効果を求める器具である。日本には中世後期に中国から伝えられたといわれ、法要や茶会の席で客の送迎などに用いられている。52年、初代魚住為楽(うおずみ・いらく)が「助成の措置を講ずべき無形文化財」に選定され、55年に第一回の人間国宝に認定された。彼は、銅鑼を長年にわたって深く研究した。そして、銅と錫(すず)の合金である砂張(さはり)を素地(きじ)にして鋳造(ちゅうぞう)で成形し、熱を加えながら金鎚で打って金属の組織を密にし、さらに焼入(やきい)れ、着色などを行って、微妙な美しい音色をだす銅鑼を作り上げた。現在は2002年(平成14)に人間国宝に認定された三代魚住為楽が、この技術を継承している。

2007年07月10日

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