現在位置:asahi.com>文化・芸能>コラム>週刊人間国宝> 今週のわざ

週刊人間国宝

落語と講談

延広真治 帝京大学教授

 落語(らくご)は一人で演ずる寄席芸(よせげい)で、枕(まくら)(導入部)・本文(ほんもん)・落(お)ち(下(さ)げ)の三段よりなり、滑稽味に主眼を置く。咄(はなし)(噺(はなし))、軽口(かるくち)、落(おと)し咄(ばなし)などとも呼ばれたが、「落語」は「一つの話の終わりの言葉」の意の語を転用したもの。噺家(はなしか)(落語家)は落語のみならず、長編で落ちのない人情咄(にんじょうばなし)、仕掛けなどを用いる怪談(かいだん)咄、歌舞伎さながらを目指す芝居(しばい)咄なども演じる。

 元禄(げんろく)時代(1688〜1704年)に三都でほぼ同時に起こった。京の露(つゆ)の五郎兵衛(ごろべえ)は日蓮宗(にちれんしゅう)の僧より還俗(げんぞく)、『露休置土産(ろきゅうおきみやげ)』(1707年〈宝永4〉刊)などの咄本(はなしぼん)を残した。大坂(おおさか)の初代米沢彦八(よねざわ・ひこはち)は物真似も得意とし、『寿限無(じゅげむ)』の原話を含む『軽口御前男(かるくちごぜんおとこ)』(1703年〈元禄16〉刊)などを刊行した。江戸の鹿野武左衛門(しかの・ぶざえもん)も上方(かみがた)より下り、『鹿(しか)の巻筆(まきふで)』(1686年〈貞享(じょうきょう)3〉刊)などを上梓した。

 講談(こうだん)も男子一人で演ずるのが常態の寄席芸能で、枕・本文・切(き)れ場(ば)よりなり、切れ場が近くなると、客に続きを期待させるように畳み掛ける切れ場調子となる。たとえ「見て来たような嘘(うそ)」にせよ、史実であることを建前とし、『太閤記(たいこうき)』(一年かけて読む講談師(こうだんし)もいた)を始め長編が多い。講釈(こうしゃく)とも呼ばれ同義に用いられるが、元来は意味に差異があった(講釈―書物に密着。講談―興味のある余談に力を入れる)。書物(ことに『太平記(たいへいき)』)を朗々と読み上げ、平易に説明をしたが、次第に無本(むほん)(見台(けんだい)に本を置かない)が常態となり、人情咄と共通の演目が増加した。

 読み物には、軍談(ぐんだん)(『甲越(こうえつ)軍記』。特に華々しい戦闘場面を修羅場(しらば)という)、将軍・大名が登場する金襖物(きんぶすまもの)(『加賀騒動(かがそうどう)』)、捌(さば)き物(『大岡政談(おおおかせいだん)』)、仇討(あだうち)物(『伊賀(いが)の水月(すいげつ)』)、侠客(きょうかく)が登場する三尺(さんじゃく)物などがある。若き日の近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん)は『徒然草(つれづれぐさ)』読みで、人情本の祖・為永春水(ためなが・しゅんすい)は世話(せわ)物(町人の世界を描く)読みであった。

 なお重要無形文化財の認定は「古典落語」であるが、本稿では「落語」を使用した。

2007年09月25日

PR情報

このページのトップに戻る