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シム・ヒョンレは、なぜハリウッドに行ったのか?

2007年11月17日

 6年間の準備期間、300億ウォンの製作コスト、850万人の観客動員、歴代5位の興行成績、そして1000万ドルの劇場収益。「D−WAR現象」という造語まで生み出したシム・ヒョンレ監督。

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話題の映画「D−WAR」について語るシム・ヒョンレ監督

 「彼はなぜハリウッドに行かなければならなかったのか?」。その問いに答える特集ドキュメンタリーが放映された。

 映画チャンネルOCNが、シム・ヒョンレ監督とヨングアートムービーのハリウッド挑戦記を描いた。

 アメリカとの往来で靴を10足も履きつぶすほどだったというシム監督は、ドキュメンタリーの中で「(国内で)コメディアンとして最高の人気を得ているにもかかわらず、わずかしか離れていない日本へ行ってみたら私の存在価値は、ほとんどなかった。その時、新たな道に挑戦してみようと決心した」と、ハリウッド進出への動機を語った。

 彼は「我が国の2年分の自動車輸出額を映画一つで稼ぎ出すアメリカに自分のすべてを賭けてみようと思った」とも述べた。

 チョ・ミング助監督は「韓国の無名監督を信じて契約してくれるアメリカの映画スタッフは、最初1人もいませんでした。256人のスタッフそれぞれと結んだ契約書は、百科事典ほどの厚さになりました」と語った。

 また注目されたCGについては、「ブルースクリーンの布地を東大門で調達して縫製しました。破れてしまったこともありましたが、スタッフが穴を一つひとつ縫い合わせて補修したのです」と裏話を明かした。

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